「……やたら嬉しそうだな」

部屋に戻って風呂の準備をしている間、寛ぐ風間の鼻歌が聞こえたので顔を見ると凄い程の破顔一笑だった。

「うふふ〜そりゃ嬉しいよぅ、食べ切れなかった分はタッパーに入れて明日帰る時に渡してあげるって言われたら」
「あ、母さんに風間が貧乏だってこと言ったんだった……ゴメン。それかも」
「いいよいいよ〜得したんだからすっごくいいよ〜〜得しなかったら多分何かしてたかもね」

笑顔で怖いことをサラリと言う辺り、貧乏に対してのプライドが強いのが窺える。身内ならまだしもクラス全員には絶対言えない、というより言わせない雰囲気を風間から感じるのでこの話は持って来ないほうがいいのだろう。暗黙の了解のキーワードだと頭に入れた。

「風間、風呂」

話題を終わらせて綺麗に折り畳まれたバスタオルを渡すと、柔らかな手触りにうっとりしながら顔に当てた。子供じみた行為はそれまでにして、さっさと風呂入って来いと出入口を促すと不思議そうな顔を綾小路に向けて。

「? 一緒に入ろうよ」

と、提案した。



*



「…………」
「もーさっきから黙りこくって。別に男同士なんだからタオルいらないでしょ、というか本気で必要な時に使うべきでしょ!無駄は禁物」
「そういう、問題かよ……」

湯船の中に浸かって、ばしゃばしゃ片手で湯を波打たせる風間の訴えに対して綾小路は顔を上げずに揺らめく湯の中に映る自分の顔を見ながら突っ込みを入れた。つい先程、男には肌と肌の語らいというものがある!とか訳の分からない論を力説し、下を隠す綾小路のタオルをふんだくった。挙句に湯船も一緒に浸かる羽目になった。浴槽が少し広かったので、二人分は余裕でいける範囲なのがせめてもの救いだと綾小路は今の状況について考えた。

「大体、こうやって誰かと風呂に入るなんて……」

初めてなのに、と恥ずかしい気持ちで小さく吐いた。立ち上る湯気のお陰で確かな表情が見えないのが却って良かった、のだが気を抜いた所を狙って湯を顔にかけられた。幾つもの水滴を作り、そのまま湯の中へ溶ける。予想外の反撃に驚いた綾小路は、此処でやっと顔を上げた。

「初めてだからこそ、でしょうが!思い出作り思い出作り!」
「えー…」

何かの形を作って合わせた風間の両手は、小さい頃に見た父のと似ている。そのままじっと見ていると、偉そうにお風呂の定番である遊びだと聞いてもいないのに勝手に説明し出した。無理矢理、両手首を引き寄せて実際に作らされた。暫くして、手で作る水鉄砲を取得した綾小路は一回挑戦してみる。

「あ、そうそう、なかなか上手いじゃないの。筋は良いんだよね君って」

一度教えたら、後はもう自力で頑張って上手くなるタイプ。そう指差されて、少しながら驚いてしまった。風間から褒められるどころか、色々と細かい所まで見ていることにだ。

「でもその体質で色々と損してるよね〜ほんと人生の半分は損してると思うね」
「そんなにか」
「うん。あ〜〜気持ちいい、人目気にせずにゆっくり入ってられるって最高!!」

引っ掛かる言い方に興味を持った綾小路は何気なく首を傾げた。その拍子に湿気を含んだ髪から水滴が幾つかぽたぽたと滴り落ちた。

「暫くは銭湯通いだったからさ〜」
「そっちのが金掛かるんじゃないのか?」
「可愛がってもらってるからね。後、お手伝いしてるからタダで入っていいことになってるんだ。世の中ギブ・アンド・テイクだよ、ふっふっふっ」

世間を上手く生き抜いている様子は何となく学生とは思えず、大人びている気がする。距離感を垣間見た気がして、少し寂しくなって黙るとまた風間の作った水鉄砲が腕を直撃した。

「なにな〜に?銭湯行きたいの?」
「いや、そういうわけじゃないけど……というか行けない」

そもそも人が集まる銭湯など、綾小路にとっては致命傷だ。人の匂いで沢山な所へ訪れたら、その場で失神してしまう恐れがあるので色々と行ける範囲が限定されている。日常的に皆が行く所でも、綾小路は未経験の地に等しい。

「行けないって……え、もしかして銭湯行ったことないの!?」
「うん」
「かあーーーっ!勿体無い人生送ってる!!綾小路!今度、僕の家に泊まりに来たら連れてってあげるよ!!」
「何を勝手に決めてんだ、おい!飛ばすな!」

ぱちゃぱちゃと水面を叩いて、不満をぶつける風間を落ち着かせる為に特異体質のせいで行けないということを改めて面倒臭い説明をするべきなのかと悩むと、それより素早く風間の片手が上がる。

「ダイジョーブ、おっちゃんに閉店間際に入ってもいいか聞くから!きっと許すよ!」
「おい、何もそこまで」
「君は色々知った方がいい!銭湯も悪くないってこと分からせてあげるから!!」
「悪いとは言ってないぞ」

綾小路のちょっとした抗議も聞かずに無理やり指きりげんまんをして、そのまま腕を掴んで立ち上がる。

「さ!次は身体洗うよ!!どうせ背中流すとかも経験してないんでしょ」
「ちょっ……!」

風間のペースに巻き込まれたまま、綾小路は随分と長い風呂を体験することになった。






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