「あ〜〜〜しあわせ!!!!」
「おいっ!」

部屋に戻ると折り畳みテーブルが退かれ、一人分、客用にと布団を敷かれていた。風呂に入ってる間に母が準備してくれたのだろうと、思いながら綾小路は風間に好きなの取っていいと伝えた。すると、目を光らせて綾小路がいつも使っているベッドへと大の字で飛び込んだ。重力を優しく受け止め、バネの弾力でぶわわんと押し返されたのがえらく気に入って何度も繰り返す風間を止めに掛かった。

「やめろよ!埃!」
「あっ、ごめんごめん。あんまりにもフカフカ過ぎてつい」

てへっと、とぼけた顔を見せながら改めて寝直した。それでも、物足りないのか片手でぐっぐっ弾力を楽しむ。見る限りベッドは風間の方が初体験らしい。凄く楽しそうだったのでそのままにして綾小路はベッドの下に敷かれた布団に手を出した。

「ちょっと、こら」
「え?」

呼び止められて、出しかけた手の行き場を無くした。風間の方を見やると、顔を顰めて空白スペースをぼんぼん叩きまくっている。何も言わないので意味が分からず、黙っていると痺れを切らして怒声が飛んできた。

「お泊りの基本でしょーが!!」
「は?ん?」
「こっち来なさいよ!僕の匂いはセーフでしょ?」

風呂の時から身勝手すぎる行動を取る風間に対して、怒りを通り越して呆れ返ってしまう。何が悲しくて男と一緒に風呂に入ったり、一緒に寝たりしなくてはいけないのだ。そんな綾小路の気持ちが伝わったのか、更に怒る風間。

「勘違いするなよ!君は子供の頃、娯楽を思う存分楽しんだこと無いんでしょ!お泊りだってそうでしょ!?」
「ま、まあそうだけど……だからって別に今こんな形で経験しなくても」
「阿呆だね!今だからこそでしょ!子供の時に経験しなかったなら、今経験して楽しめばいいじゃないの。こんなチャンスそうそう訪れるもんじゃないからね、分かってる?」

いつも馬鹿なことをしているだけに、まともな言葉を吐く風間の言い分にまた驚いた。しかし、よく考えれば、貧乏という身分を隠していたからそう思えただけで、実際は苦しい生活を送っている。それでも貧乏という雰囲気を出さずに気丈に振舞うのは、

綾小路は一つの答えに辿り着く。

「はは、そうだな」
「分かったなら、ほら早く」

急かす風間に倣って、綾小路もさっさと隣に入った。折角、客用の布団を用意してくれた母に申し訳なさを感じながらも、先に入り込んだ風間の体温で温められた布団の中が気持良くて全部どうでもよくなった。

「君は、お母さんの言うとおり、もうちょっと甘えた方がいいよ」
「な、そ、そんなもの覚えとくなよ、もう……」
「生きてる内には親にも周りにもうんと甘えときなさい。あ、でも節度は守るんだよ、オーケー?」

これまで頑張って生きてきた風間が言うと妙にしっくり来るので、そのまま黙って頷くと学園でよく見せる嫌味の含んだ笑顔とは全く関係ない、澄んだ笑顔を向けた。物凄く不意打ちだった為、どくんと心臓が跳ねた。

「お前って…………素を出した方がいいと思う」
「やだよ!醜態を晒すなんて!」

その方が凄くいい男だと付け加えると調子に乗ると思い、綾小路は残りの言葉を心に留めておいた。それから、誰かの言葉で動くようなら直ぐにでも動いている。

「そうか」
「そーだよー」

顔を向かい合わせて喋っていたのも此処を境に、本格的に眠たくなった風間は目を擦って欠伸をした。今日は色々あったから無理もないと、綾小路もそっと目を瞑った。

「おやすみ、綾小路」
「……うん、おやすみ」

「楽しかった?」
「凄く疲れた」















「顔が笑ってるよーふっふっふ」
「ふふ、寝ろよばーか」















いつか見た夢は

てのひらから零れ落ちて



(相手が掬ってくれた)