01/あなたが遺した記憶の香り



「―――――……」
「綾小路?」

目の前にある景色を塞がれ、手をひらひら振りながら何見てるんだ?と級友に問われてようやく我に帰る。咄嗟に出た言い訳は日々養われた賜物だな、と自嘲気味にマスクの中で薄く笑った。

「悪い、ちょっと考え事してた」
「またかぁ?あんまり根を詰めるなよ」

目を細めて笑いかければ大概、許してくれる級友達の心遣いが有難い。深く追求しないのは、とある事件が後を引いているからだろう。もう二度と思い出したくない事柄なので記憶の中から完全に消し去ろうと努力をしている、否、する必要がない要素が出来た。

「じゃー俺、先に帰るな!綾小路も早く帰れよー」
「あ」

(……しまった、帰した……)

する必要がない要素とはこれのことだ。駄目だ。事件が終わって以来、意識するようになった匂いが俺を惑わせる。もっと近付きたい、嗅ぎたい、欲しい、と欲望が疼く。こんなこと今まで思ったことがなかっただけに最初は戸惑いが大きかった。どうすれば抑えられるのかも考えた。

(こんな時に、駄目だって分かってるのに……)

誰も分かってくれない特異体質を、唯一分かってくれたのは事件を一緒に解決した風間望。放課後、教室の中から誰も居なくなったのをいいことに自席でぼーっと夕焼けを眺める風間に匂いの相談を持ちかけると少し首を傾げて頭を掻いたのを覚えている。色々な返答が欲しくて暫く黙っていると、妙案が浮かんだのか両手を叩いてこっちにおいでと招かれた。

(分かってるのに、匂いを少しでも感じると)

風間の意図が分からず、言われるままに近寄ると腕を引き寄せられてバランスを失った俺はつんのめって風間の上に座る形になった。溢れる匂いに慌てて、謝りながら離れようとしたら腰に手を添えられていた。風間?と発するよりも素早く風間がマスクを下げて、俺達は何故かお互いの口を付けていた。



(始まりを、―――思い出してしまう)




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