「何か最近えろいことばっか頭に浮かぶんだ…」
「…………オマエ」

熱々のご飯を口に入れた瞬間、ふうと溜息一つ付いて気持ち悪いことを独りごちた風間のせいで喉に詰まらせ掛けた。

「朝食中にそんな話持ち出すかフツー…」
「夏だからかなあ、ふう。やれやれ」
「おい、人の話を聞け……ハッ」

賢者モードに入る風間を突っ込もうとして口を開いた。所である疑惑が浮かび上がり、話題を一気に変えた。

「お前まさか俺とか言うんじゃないだろうな!」
「何で分かるの」
「うわああああ!!頭の中で俺を汚すな!!!!」
「イヤア、副業として始めた綾小路シリーズの小説ネタにはなるなって☆」

ウインクをかます風間とは裏腹に綾小路は気が気じゃない思いで次々と問い出した。

「お前複数とか言わないな!?」
「何で分かるの」
「うわああああ!!お前、実は俺のこと嫌いだろ!!!!」
「え、ムラムラ来るよ」

笑顔で言われても嬉しくない。

「だったら止めろよ!くそばかざま!!!!」
「あっ、細田君に漫画化させて貰おうかな。そうしたらこの妄想止まるかもしんないし都合よくエロ本が読める。わーい」
「おい!止めろって言ってんだろ!!」
「え〜、というか君やたらと細田君嫌うよね。何で?あっちは物凄く好意的だよ」

差別は良くないよ〜等と軽く言い放ち、お箸を突き出す風間を否定した。

「デブはトラウマレベルだっ!!!」
「あ〜そっか、そうだね、いきなり抱きつかれたり上靴の匂い嗅がれたりトランペット舐められたり誤解されたり色々あったもんねえ。アハハ…あっネタになる!次これでいこう!!」
「おい!?死ねよ!!!!今すぐ此処から出てけ!!!!!!」



*



俺は新堂誠。ぴちぴちの30歳だ。

とか言うと、やたらと生徒達に受けるので活用している。プロのボクサーという夢は叶わなかったが、体育教師という立場になったこの現状は結構慣れると居心地良く感じた。悩みもなく平穏に過ごしてきた俺が今、何故か一つの問題にぶち当たった。自分以外の問題なら別に気にしなくていいところだが生憎と俺の友人だった為、無視できなかった。

「おい、綾小路」
「何だ?神妙な顔をして」

傍から見ると凄んでるようにしか見えないから直せよ、と黒ずくめな教師に余計な助言を頂いた。そっくりそのまま言い返してやりたいが、それより問題を片付ける方が先だと話題を変えた。

「そんなことより。隠れて煙草吸ってた生徒達捕まえてたんだけど、その中の一人がお前の写真落して気ぃ取られたんだけど、こ」
「――――ひっ!!」

言い終える前に摘んだ写真を見せるなり悲鳴を上げた綾小路を不思議そうに見ると物凄く分かり易いほど脂汗を浮かべて身体を震わせて青褪めていく。

「ひっ、ひ、おま、す、すっ、」
「す?」
「捨てろ!!!!!!」
「そういうの大丈夫なのか?お前、黒魔術に嵌ってんだろ。呪いとかだっ…」
「無い!無いから!!無いから早く捨てろ!捨ててくれ!!!!!」

口を覆う黒布を深々と押さえ付けて喚き散らす声の大きさで少し耳にきた。分かったから少し音のトーンを下げろと窘めると、何やら我慢出来なくなったのか次は悲痛な呻き声が聞こえた。

「う、うう……風間!!風間!!また学園に無断で入ってきてるならさっさと出て来い!」

窓の外や、死角になっている曲がり角や、あちこち探し回りながら逃げる黒い後姿を止める暇もなく眺めて――居なくなったのと同時に。

「風間って」

摘んだ写真を見返して、直ぐに理解した。

「……おいおい、ンなもん持ち歩くなよな……っていうか触っちまったじゃねえか。ゲーッ」

綾小路の希望通り捨てて、いや、念の為に破り捨てて手洗いに行こうそうしよう俺ってなんて優しい。



*



「で」

登場した途端、いきなり音楽室に連れ込まれて抱きつかれた。長い爪を立てて絶対に落ちることのないコアラの如く。恐らく今、立ち上がるとそのまま綾小路もしがみ付いたまま離れることないだろう。

「何があったのさ」

教師がそういうことしてると凄いシュールに感じるんだけど、と一言付け加えると余計力を入れられた。この言葉はどうも禁句らしい。黙って背をソファに預けると肩に顎を乗せていた綾小路の震える声が耳に行く。

「……しゃ、写真……」

「呪われた?」
「呪われた方がまだ良かった!!うっ、うう…ううううー…っ」
「痛いって!爪立てないで!!」
「うー!!!」

腹を立てているのか、悲しんでいるのか、取り敢えずどっちか一つに絞って欲しい。黒いスーツを着込んだ背中を撫でて落ち着かせる。不条理なことに遭うと決まって暴走を起こすのは高校の時から変わっていない。学ぶべきなのは君なんじゃないの?なんて言いそうになる言葉を捨てて、いい加減に理由を聞いてみた。のだが。

「は?え?つまり…」
「もう思い出させないでくれ…記憶ごと葬り去りたいんだから…」
「ぶわーっはっはっはっは!!オカズにされてんだ!?君の写真!?」
「おい!?俺の話無視してんじゃねえよ!思い出させんな!!」

涙目で訴える辺り、恐らく写真にこびり付いた匂いを否応無しに嗅いでしまったんだろう。相変わらず変態に好かれる変な能力を持っているなあと思いつつ、何とか笑いを堪えた。本当に何で人目に付く職業を選んだんだろう、欲望真っ盛りの学生達、否、飢えた狼達の中に入り込む羊になるのは目に見えているのに。

「いやあ本当に君っていいネタ持ってるから有難いよ、うんうん」
「おい!?何メモってんだ!」
「新作に良いなって」
「まだやってたのかよ副業!」
「飴玉売り飛ばしても半分は長官にいっちゃうからね〜思い切り遊ぶには自分で稼がないと」
「訳の分からないこと言ってないで俺をモデルにするのいい加減に止めろよ!!お前のせいで何度か傷ぶり返してるんだからな!!」

「と言いつつ僕に慰めを求めるくせに」
「匂いは別だ!!ばかざま!」



*



「で」

音楽準備室の入り口前に身体を預けて呆れながら顎鬚を掻く体育教師。

「いちゃつきタイムは終わりました?」
「や、新堂ー相変わらず厳つい顔だね。こんな所で燻ってないでヤーさんに転職したら?」
「そんときゃ、お前の臓器でも売り飛ばしとくわ」

ひどーい、等と冗談を淡々言い合えるのは長年の付き合いから来るものである。が、一つの言葉だけお気に召さなかった一人が風間の膝の上から下りて異議を申し立てた。

「いちゃつきじゃない!これはれきっとした治療だっ」
「治療…」
「アロマテラピー!」
「あろ…女々しいのやってんなあ、そんなモンに頼らなくても気力で吹き飛ばせよ。それかスポーツして汗を掻けよ、そうだ、スポーツはいいぞ」
「また始まったよ」

これだから脳筋は嫌だと風間は何度も言われた過去を思い出しながら肩を竦めた。そのままソファの背もたれに両手を置いて、首だけ新堂へと向き変える。

「本当にスポーツやって汗掻くとしてもさあ。ソレもっとやばいんじゃないの?」
「てめえ、俺に喧嘩売ってんのか」
「じゃなくてさー、綾小路から聞いた限りだと明らかに隠し撮り写真でしょ?それで抜いてる生徒がいるんだったらさあ…新堂センセイは生徒を犯罪者にさせたいワケ?」
「……ジムならいいだろ、ジムなら」
「安全だって本当に言えるのなら」
「…………なんつうか、ホント不憫な奴だな………綾小路」
「憐みの目で見るんじゃないっ!というかいい加減にメモ帳を仕舞え!!」
「いや〜本当君はいいネタを次から次へと持ち込んでくるよね!」

はっはっはっ、笑いながらメモった内容に目をやった綾小路は汗を掻く、ジム、ジャージ、までは理解できるがその後に続いたブルマだけは理解の範囲を超えた。メモ帳を取り上げようとする様子を見て不思議に感じた新堂が質問を投げた。

「ネタって何だそれ?」
「あー僕、副業でコレやってんの。はい」
「お前、持ち歩いてるのかよ!?いい加減に止めろって何度言ったら分かるんだ!」
「売り上げの為に持ち歩くのは当然だよ君ぃーそれに僕のサイン入りだよ有り難いでしょ?はい500円ちょーだい」
「金とんのかよ!しかも何だこれタイトル、綾小路…あー」

ぱらぱら流し読みして何となく今のやり取りを把握した新堂は納得の溜息をついた。

「まあ、実際に起きてないだけいいんじゃね?」
「起きたら泣くわっ!!!!!」



*



「で」

いつの間にか自然と暇あれば集まる場所と化したカフェの一角。綺麗な手付きで、先程頼んだ紅茶の受け皿を持って香りを楽しむ彼女――岩下は言葉を続けた。

「綾小路君、困ってるわけね」
「あの二人だと、どうしてもまともに取り合ってくれないから岩下さんの力を借りたくて…・」

昔から君の言葉だけは凄く効果覿面だから、と付け加える綾小路。思い返せば高校時代の岩下は外面からも内面からも重圧的な何かを纏わせて他人を寄せ付けない雰囲気があった気がする。そんな彼女の今を何かに例えるのなら、綺麗な薔薇の刺を全て削ぎ落として丸くなった状態に近い。誰がそうさせたのかは考えるまでもない。

「いいわよ」
「ほ、本当に!?」

下らないと一蹴される可能性も考えていた為、直ぐに貰えた了承の言葉の嬉しさで反射的に飛び上がると傍に置いてあったコーヒーがぐらぐら揺れ、作り出した黒い一滴が机に染み込む。

「ええ、綾小路君の前でネタも話もしないでって言っておくわ」
「ん?」
「そうしたら綾小路君も怒らなくなるし、風間君も集中して書けるでしょう」
「え!?」

少しずつ飲んでいた岩下は机に紅茶を戻して、代わりに空いていた椅子に置いていた小さなバッグの中から。

「ストップ!!!!」
「前、ばったり会った時に風間君から貰ったのよねー」
「うわあああああいつ何てことしてんだあああああ!!!」

カバーが掛けられていて一見何の文庫なのか分からない仕様になっていたが、今までの会話からすれば間違いなく風間の副業で書いたアレアレな本に違いなかった。所々内容を知っているだけに申し訳なさが勝り、頭を下げながら反射的に手を伸ばした。

「ごめん!きつく言っておくから…!」

言い終わった後、何故か本ではなく空を切っていた。変に思い、顔を上げると本を移動させていた岩下と目が合う。

「岩下さん?」

再度、手を伸ばすとまた本を別の手へと移動させられる。

「岩下さん?」
「誰が取っていいって言ったかしら」
「いやいや、岩下さん冗談は…」
「私が嘘嫌いなの知ってるわよね」
「…………」

暫し沈黙が流れた。徐々に冷静を取り戻していく綾小路の様子を見て、岩下の方から口を開く。

「風間君って本当に物語作る才能あるわよね」
「まさか、…見たの?全部?」
「面白かったから出てる分全部見たわ。貴方がモデルなんですってね?まあ、尋ねなくても主人公の名字と災難振りを見れば、大体分かるわね」
「最悪だ……わぁ……」

「ちなみに、ノンフィクション?」
「フィクションに決まってるわっ!!」



*



「で」

吐き出された白い煙が空気と交わって姿を消してゆく。その繰り返す光景を眺めながら、これまでの経緯を説明した綾小路に一言。

「俺に泣き付きに来たと」
「まともに話を聞いてくれる最後の砦だから」

言葉から察すると、まともに話を聞く筈の岩下は取り合ってくれなかったということになる。大変珍しいこともある。少々散らばった書類を掻き集めて携帯灰皿に煙草を押し付けた後、ぎっと椅子を回して互いに向き合う。そっと首筋に両手を当てると温かさが伝わる。

「はい、口開けてー」
「病気じゃないぞ」
「人が来たら診察したくなるんだ、話聞いてやる代わりに付き合えよ」

職業病というやつだ、と言いながら勝手にマスクをもぎ取って口の中に銀色に輝くへら状の棒、舌圧子という医療器具を突っ込んでペンライトを翳す日野。異常なしと呟いて棒を消毒液の中に浸した。その後、聴診器を首に掛けてスーツを脱がしに掛ろうとした手を流石に止めた。

「ちょっ!聴診までやらなくていい!!スーツ着直すのが面倒だっ」
「そうだな。ついでに何かイケナイ雰囲気持ってくるしな」
「おい!俺が持ってきてるみたいな言い方止めろよ!?」

ただでさえ今日は厄日だっていうのに、と愚痴を零すと今までの話を整理した日野が核心を突き付けた。

「写真でオカズにされたとか凄く愛されてるじゃないか先生」
「おいいいいい!具体的に言うな!思い出させるな!!」
「本当、よく教師辞めようとは思わないよな。それ以上に音楽ラブだったのか?」
「五月蠅い……音楽に罪はない!!」
「まあなー」

このまま見なかったことにして接していくしかないなと日野に指差される。

「大体、何かされたわけじゃあないだろ?」
「何かって」

項垂れた顔を上げると、机に置かれたブックスタンドの中からカバーの付けられた文庫を目の前に出された。ついでに微笑まれた。

「……ソレ」
「な!」

問い質さなくても岩下に相談した辺りから理解出来る。もう何も言いたくなかった綾小路は手で顔を覆った。

「……俺は、持つべき友人を間違えたんだろうか」
「何を言うんだ綾小路、類は友を呼ぶって言うじゃないか」
「泣きたい」
「胸貸してやるぞ」

「取り敢えず風間に、勝手に作った合鍵返せって言いたい」



*



「で」

心底、面倒臭いといった顔を向ける丈は見事に憎たらしいほど風間に似ている。一人っ子である綾小路は従兄弟とはいえ血の繋がりに一種の感慨を受けた。

「僕にそういう役目やらすんだ、センセイ?酷いね?」
「風間は君に甘いから」

携帯で呼んで鍵貸してって言うだけでいいと私事を頼む教師が居ていいんだろうか。廊下を歩いていた僕を見付け、引き摺って人気のない所で言う辺り危なっかしいというか、抜けている。メールですればいい問題だ。と考えた丈は綾小路に名前を呼ばれて直ぐに理解した。

「頼むよ丈君」
「…ああー。ハイハイ成程ね、断らせない為にわざわざ僕に近付いたんだ」
「こうでもしないとウンって言わないだろ。風間で扱い方は慣れたからな」
「僕が兄さんの味方するって言ったらどうするのさ」

両手をズボンのポケットに入れた状態で肩を竦めると、綾小路は目を細くする。黒布の向こうで笑っている時に出る表情を何度も見てきた。

「500円やるよ、欲しいだろ?」
「センセイが買収していいのー」

こういう時だけ良い子ちゃんになるなよ、財布から抜き取った銀色…ではなく金色に輝く新500円玉を差し出そうとする綾小路を制した。

「今日は500円の気分じゃないんだよね」
「え」
「君付け止めてくれたら考えてやってもいいよ先生」
「そんなことでいいのか?」

「あー、写真をオカズにした生徒の気持ちが分からなくもないね。ドンくさいといつか兄さんの小説みたく本当に食べられるかもよ、あっはっはっ!」
「怖いこと言うなよ!!……というか読んでるのかよ!?」










空回る





17/05/04  副業で官能小説書いてたらかっこよくない?笑。