桜の季節、――春。

突き刺すような寒さも薄れ、柔らかく頬を撫で上げる暖かさを感じる時期。その時にしか咲かない桜を四六時中、愛でる花見シーズンに近くなった頃。

「いやあ〜ほんと、持つべきものは友ってやつだよね!!」
「君とは教師と生徒の関係だけど?」
「ダディの友は、ボクの友でもあるの!オーケー!?」
「無茶苦茶な理論だなあ」

目を離した隙に夜の色に溶け込むのではないのかと心配したくなる程、頭の天辺から足の爪先まで真っ黒い教師は目を細めた。黒布を口で覆い隠しているので表情は半分しか見えていないが、肩を揺らせているので笑っているのが見て取れた。

「でも本当に大丈夫?エイプリルフールはとうに終わったよ」
「生徒に信用されないようじゃ、教師終わってると思うんだけど」

公園は桜より人の多さに項垂れるだろうから、という些細な理由で内密に夜の学園へ招き入れてくれた綾小路の気遣いを疑う祝。信用云々の前に、日々教師としての役目を真面目にこなしている教師が花見というたった一つの気紛れで、らしからぬ行動を起こすのだろうか。

「だって、先生こういうことしなさそう…」
「真面目な先生として見られているのなら良しとしておこう」

生徒の評価を受けて気分を良くした綾小路は、コンビニで食糧調達しに行った風間の帰りを待つ為に裏門の壁に預けていた身を起こした。

「ねえ、祝君。ちょっとだけそこに咲いている桜見に行かない?」

校門からそんなに離れていないし風間なら直ぐ気付くから大丈夫、なんて自信満々に言って細長い手を広げた。急な誘いに驚きつつも断る理由がなかった為、そのまま手を重ねるとゆっくり引かれる。躓いて前のめりにならないよう、気を付けて黒い背中を見上げて付いていくと一本だけぽつんと立っている桜の木が視野に入った。しかも、満開だ。

「へえ、もう満開なんだ」

春が来たとはいえ、完全に満開した桜を見るのは初めてだった。感慨深く見つめていると、祝の視線に合わせて膝を折った綾小路が地面を撫でる。

「桜の木の下には死体が埋まっている、という言葉を知ってるかい?その死体を養分にしているから、こんなに綺麗に咲くんだよ」
「ききき急に怖いこと言わないでよ!?大体、この学園では怪談話禁止でしょ!」
「あ、……そうだった。ふふ」

申し訳ないことをしたな、と首を傾げて可愛く笑う教師の真意は見えない。困惑する中、後ろから呼び掛ける声が響いた。

「おーい!ごめん、待たせ……」

コンビニの袋を掲げて綾小路と祝の所へ近寄った風間は、何かに気付いて声を詰まらせて身を固くした。

「やあ、君のおとうさんが帰ってきたみたいだ。そろそろ本格的に花見といこうか、此処よりも沢山咲いてる場所がいいよね」
「うん!」

桜の多い所へと移動する最中、風間はそっと綾小路の耳元に小さく声を掛ける。

「何で、あそこにいたの」
「おとうさんの頑張りを見せてあげたくて」


「……冗談、きついよ」


口の端を綺麗に吊り上げて、綾小路は先程の桜に目をやる。










(そう、桜の木の下には)











死肉を喰らえば





17/04/29  それは綺麗に咲き誇る。