※風間と雪の間に産まれた祝捏造。




とことこ、と小さな可愛い音を鳴らして後ろを付いて来た子供は時の流れに順応して成長していった。そして、いつの間にか一本道に敷かれていただけのレールが一つ二つと枝分かれ始めて沢山広がる。その、どれか一つ選び取るために大いに悩んで足を踏み入れていくだろう。――そう、思っていた。

「おはよう」
「……え」
「ま、こんばんはの方が正しいけどもね。もう七時だよ綾小路先生」
「……か、風間……」

瞼を開けると目の前に見知った顔があった。思わず声に出した後、間違いに気が付いた綾小路は直ぐに黒い布で包んだ口を手で押さえて、鼻と鼻が当たりそうな位置にある顔から逃げようと顔を横に逸らす。ソファのバネが気持ちを代弁するように、ぎしりと軋んだ。

「うん、風間だよ」

動揺する綾小路とは裏腹に、風間と呼ばれた青年は平然と状況を受け容れて綾小路から離れた。笑い顔を向けた瞬間、高校時代によく見た風間望…目前にいる風間祝の父親の顔が重なる。立派に高校生へと成長した祝は、体格も性格も怖いくらいに父親の生き写しで、綾小路はまともに見ることが出来なかった。

「どうしたの先生、寝ぼけてるの?」
「こ、こんな時間。寝てたのか」

机の上に置かれたデジタル時計に目をやって、よろよろと立ち上がる。帰りの支度を始める綾小路の背中を見ながら、祝は小さな笑い声と共に一言零す。

「昔にも一回、こういう事があったよね」
「……そうだったかな」



*



下駄箱で靴を履き替えて外へ出ると毎年、冬になると突き刺すような寒さが襲ってくる。その度に肌の保護を担ってくれる手袋とマフラーが有難い。外気が入らぬよう綺麗に整えた祝の目の前に、紙コップが出てきた。湯気が立ち込める中を覗いて更に驚く。

「ココアだ」
「何だ、コーラが良かったか?」
「勘弁してよ、この寒さでコーラなんて!」
「だろ」

黒布で隠された口元の皺が僅かに伸びたので、笑っているのだと把握した。そのまま手渡された祝は断る理由もないので、熱々のココアに息を吹き掛けて口に含んでみると適度な甘さが一気に広がる。

「大きくなっても、綾小路先生から見たボクって変わらないままなんだなあ」
「俺から見たら、いつだって可愛い子供だよ」
「……魔音は探さなくなったよ」

見上げる綾小路と、見下ろす祝。昔に比べて身長差も逆になった。それでも子供扱いを続ける綾小路が気に食わない祝は口を尖らせて少し反抗した。昔と違う証拠はありとあらゆる所にあった。

「ね、先生」
「ん?」

飲み干した紙コップを握り潰して、近くにあった自動販売機の横にあるゴミ箱へ突っ込む。他のゴミと当たる音が耳に届いた際。

「三度目は無いと思ってね」

先生にとっては可愛い子供でも、今は一人で家に帰れるから此処までで良いよと校門前でコートを正した祝は手を振って走り出した。あまりにも抽象的な言葉が頭の中で引っ掛かった綾小路は校門前から動けず、手を振り返す余裕もなかった。

「……どういう事だ?」



*



校門の前で立ち尽くす綾小路が視野に入らなくなったのを確認した祝は速度を落とし、歩きに切り替えた。冷気が顔を撫でたが、温かい飲み物を飲み終えたばかりの口だけは熱を帯びていた。そうっと手袋越しに自身の口をなぞってみた。

「ホント、無防備すぎるなァ」

黒布が無かったら起きた時、完全に気付かれていたかもしれない。…気付かれても良かったのだけれど、恐らくその時は無視されるだろう。

「…………」

祝の父親と同級生で、複雑な出来事があった事を知った時も変わらず普通に接してくれた。否、普通に生徒として接するよう努力してくれている。しかし、祝はそんなことを望んではいないし、別の生き方も選ぶつもりもなかった。ずらっと敷かれた幾つものレールを素通りして、望むのは綾小路の。――綾小路の歩く錆びたレールだ。

布越しに触れた口の感覚を思い返しながら、ぽつりと呟く。

「ボク、もう先生の思うような」










「――子供じゃないよ」










教師と生徒/06





16/06/02  子供と青年の違い。