幽霊が見える。
――ということ自体に不満を持ったことは、今までもこれからも無いだろう。むしろ、疑問を持つことに首を傾げてしまうかもしれない。お母さんも、おばあちゃんも普通に見えていたから普通の人と関わり合う前は当たり前のことだと思っていた。
「…………」
だけど今になって幽霊が見えるということが、こんなにも悩ませる要素となるとは思わなかった。私こと元木香苗はどう行動を取るべきか悩んでいます。酷く悩んでいます。誰か助けて下さい状態です。
「はぁあ…困りました…。実に困りましたよ…!」
ううっと声を唸らせて机に顔を突っ伏してみると、木の香りと冷たさが肌越しに伝わってきて心地良くなった。……って癒やされてちゃいけないのですよ!!!!一大事なのですよ!!がばーっと勢いよく顔を上げると、大好きなお母さんに括ってもらったツインテールが揺れた。
(やはり、今言って注意を促すべ……きなんでしょうかねぇぇえ〜!?)
ゆらゆらと視界を邪魔するツインテールの先っぽを掴んで、教室内の窓際を覗き見した。そこに居るのは私の大事なお友達である安西真奈ちゃんと戸浦愛梨ちゃん。母親同士が小さい頃のお友達だったので、五年生の時からの知り合いだと聞いた。現に凄く仲が良くって二人一緒にお喋りをしているのを見るのは至福だった。
(そんな、そんな二人の間に小さい、ちいさぁいお人形さんが二人の腕を引き寄せるようにして掴んでいるなんて誰が言えますかっ)
気付かれないよう何日かじっくり観察してみた結果、あのお人形さんに危険は無いことが分かった。無いのだが幽霊は非常に気紛れで、いつ機嫌を損ねるか分からないので安心出来ないのだ。そうしてお二人の美しい友情にヒビが入ってしまったら私は!私はっ!!死んでも悔やみきれないと唸りながら机におでこをガンガン打ち鳴らすと物凄く冷めた声が頭の真上から聞こえてきた。
「キミは変な奴だと常々思っていたが、今日は更に輪をかけて変だな。何かの呪いか?」
「マッド君!?科学しか信じないあなたが呪いだなんて言葉を使うのですか!」
赤くなったおでこを擦りながら声を荒げると、溜息と共に冷めた声をもう一度投げた。
「幽霊バカなキミには似合いのものだろ。まあ、呪いだけで物事が解決するのなら既に皆あちこちでやってるさ」
呪いブームはとうに過ぎたんだよ等と酷いことを言いやがるこの人、松戸博士、もといマッド君は幽霊の存在を根っから完全否定する科学大好きオタクなのです。視えると必死に訴えても信じようとしないので私とは常に水と油。最悪の組み合わせです。決して交わることなくツルンツルンと表面を滑らせるだけなのです。
「…………マッド君」
だからか、お互い科学とオカルトの主張を覆さない同士として何となく、本当に何となく聞いてみたくなったのだろう。
「科学でも測りきれないことが起こったら、あなたはどうするんですか?」
「急に真顔で何を言うかと思えば。愚問だな…事実を解明するために科学があるんだ。測りきれないことなんて、この世の中にはない」
迷いもなく、科学というそのものに自信を持って高々と主張する様があまりにもおかしくて、ぷっと噴き出す。
「あはは!随分と無茶苦茶な言い分ですねえ。…でも、そんな直向きさ嫌いじゃないですよ」
気恥ずかしくて、少し声のトーンを落とすと耳を傾けてきた。
「ン?」
「いーえ、何でもありません!」
そうだ、幽霊が何だですよ。強固に結ばれている絆をお持ちなお二人なら、実体を持たぬ幽霊による妨害があったとしても撥ね退けるに違いない。やすやすと壊れるような脆いものではないということが後々明らかになるでしょう。それを見届ける役目を綺麗に努めてやりますよ!やってみせましょう!
「何なんだ、勝手に納得したような顔をして。気持ち悪いなあ」
「……流石に女の子の前で、そんな事言うと嫌われてしまいますよ!」
「別にキミに好かれようなんて思ってないからな」
「うーわ!!うーわ!!見事に女の敵ってやつですね!こりゃあ、ちょっとしたスクープものですなぁ…」
辛辣な言葉にドン引きしていると、小学生にしては妙に落ち着いた葛町龍平君が一眼レフを首から下げた状態でひょっこりと私達の間にやってきた。実は私のお母さんと龍平君のお母さんは高校時代の同級生でとても仲が良くってよくお互いの家に遊びに行く仲なのだ。一年前とある事件でそのことを知って以来、よく遊ぶ仲になったし霊感のことも理解してくれて大変良い友人を持ったと思っている。
「どうしたの二人とも。また喧嘩かい?大誠と美沙ちゃんといいぼかぁ、そういうの良くないと思うなあ…落ち着いて落ち着いて。香苗ちゃん、撮れたての写真見せたげるから元気出してくれよ?」
「わぁ、本当ですか!?だから、龍平君大好きです!授業が終わったら直ぐに遊びに行きますね!!」
「うん、ぼかぁも大好きさ。写真用意して待ってるよ」
「変なものが写り込んでないか、また鑑定して差し上げましょう!」
「ははーっ、ありがたき幸せ」
水戸黄門ごっこみたいになった私と龍平君のやり取りを見ていたマッド君は付いて行けず、身を硬くしていたが暫くして脳に受信命令が行き渡ったのかジトッと目を細めた。
「リュウ。お前がそうやって元木をでろでろに甘やかすから、幽霊好きに磨きが掛かってるんだぞ。……大体、こんな不気味なものを家に入れるだなんて何を考えている?」
「まっ!何てことを言うんですか、さっきから酷いですよマッド君!差別ですよ!サベツ!」
「……マッドも来る?」
「科学に反するものに溢れた所なんて遠慮する…いいか、忠告したからな!」
ぴしっと人差し指を私と龍平君に向かって指した後、何故か怒りながら自席へと戻っていく。それを見届けた龍平君の口からぽろっと言葉が漏れた。
「素直じゃないんだから…」
「マッド君はいつだって素直じゃありません。かわいくないです!一度呪われてみやがれです!!その時に命乞いをしてきたっても遅いですからね…ふふふのふ」
「あはは、そういう意味じゃないんだけどね」
香苗ちゃんはかわいいなあ、そのままでいてねと意味深なことを吐いて優しく頭を撫でてくれた。何のことかさっぱりだったけれど、龍平君に質問する気は湧かなかった。それよりも放課後に起きるであろう出来事の魅力に取り憑かれてしまい、喧嘩のことなど海の藻屑と化して消えたのでした。ちゃんちゃん。
めをつむることでしか
解決できなかったこと
15/12/23 科学vsオカルトに夢見たけど母親同士からの親友関係も美味しい…。
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