鳴神学園は魔の巣窟と言い換えても可笑しくない程に、不気味な雰囲気を纏っていると思うことが何度もある。廊下を歩いていても、教室の中にいても、校庭に出ても、酷く安心出来ない。自身の成長の場として不適切だと感じるのは、どうやら自分だけのようなので誰にも言わず心の中に仕舞っておいてある。

「…………」

大きな学園の背景を彩る天を見上げると、梅雨時にはよく見られる陰鬱な空模様が目一杯に広がっていた。雨がいつ降ってもおかしくない…そういえば、傘は持って来ていただろうか。あやふやな記憶の中から今日持って来た物を探し出そうとして、ふと足を止めた。こんな下らないことを考える暇はない。

(変なの)

マンモス校と呼ばれている場でも、唯一人が全く寄らない旧校舎へ行かなければいけないというのに、何故か無意味な考えが次から次へと溢れ出してしまう。――結果、散らかった記憶の中から傘は見付からなかった。



*



「ん」

ぎぃぃと嫌な悲鳴を上げる旧校舎の中は外よりも薄暗く、静かで、ひんやりとしていた。怪談に不可欠である存在に臆することなく、一歩進むと何処からかやって来た隙間風が誘うように腕に絡み付く。

(立入禁止なだけあって…いつ壊れてもおかしくないな)

徐々に慣れて来た夜目を頼りにし、老朽化して所々穴を作っている床を綺麗に避けて三階まで通じる階段に足を掛けた。

「…………」

無事に三階まで辿り着いた僕はすっかり機能していない女子トイレの中を見回す。新校舎でこのような行動を取れば、女子からも先生からも誤解を受けたままお叱りを受けるに違いない。それだけは、勘弁して欲しい。

「ええと」

その時の気分によって『居る』場所が違うから、今日は何処に『居る』んだろうと思いを巡らせる。普段は奥から二番目の個室に居る。半壊した木造のドアで辛うじて塞いでいる個室を一つずつノック三回する。強く叩き過ぎるとドアが倒れるかもしれないので、適度な力でこんこんと音を鳴らす。まるで謎解きのようだ。これで中からもノックが三回返って来たら、と頭の中で描いていた予測を、後ろから聞こえてきた声によって閉ざされた。

「そんなことをしなくとも、名前を呼べば現れるわ」
「でも」

振り向くと無機質な白い仮面を被った人間がいた。顔が分からぬともセミロングの黒髪とセーラー服を纏っているため、直ぐに女だと判明するだろう。

「僕は君の名前を知らないよ」
「――――。そういえば、そうね」

一歩踏み込めば直ぐに無数の悲鳴を上げる旧校舎の中で、最初から後ろに居たかのように彼女は音もなく現れた。そんな不可解な事を気にせずに話を続けた。

「……今日は」

両手を開いて彼女の前に差し出すと、乾き切っていなかった液体が重力に負けて滴り落ちる。床に叩き付けられて、幾つかに散らばった液体は木造の床が美味しそうに吸いだしてしまい、あっという間に痕だけが残った。

「生憎と、どんよりとした天気だけれど君の気は晴れたかい?」
「ええ、今のところは」
「今のところは、…かい?」

思ったより良い報告を貰えなかったので、少し沈んだ声が出てしまった。気付かれないようにしなければ。

「まだ、此処だけじゃない。別の世界でもあの六人は生きている」

何処を見ているのか分からない仮面の中で、きっぱりと吐く。此処にある世界とは別に、色々な世界が平行しているのだと聞かされたのはいつだっただろうか。

「そうか…じゃあ付き合ってあげるよ、満足するまで」
「……あなたは」
「どうしてそこまでするのかって?……君の素顔を見た時から、多分僕は君のこと」

そっと柔らかな指が頬に触れる。また最後まで言わせてくれなかったことに少し不満を持ったけれど、仮面の中に顔を隠した彼女が笑っているような気がしたので許すことにした。

「ありがとう、転校生君…………いえ、」










「――坂上君」
















小学校であったい話





15/10/31  そしてすべてが終わった。