※風間と雪の間に産まれた祝捏造。




目を開けると痛々しい程に白く照らす光を受ける音楽準備室。
いつの間にか寝ていたことに気付くのは目を擦って机から顔を離した時に、飛び込んできた一つの挨拶だった。

「おはよう」
「ひえっ!?」
「むしろ、こんばんはかな。もう七時だよ綾小路先生」

人が居るのに驚いて背筋をピンと伸ばした綾小路の横、もとい机の上に置いてあるデジタル時計を覗いてあっさりと言ってのける声は明らかに子供だ。しかし、綾小路にしたらただの子供で済ますことが出来ない。

「下校時刻過ぎてるじゃないか!!?何で祝君が此処に居るんだ!」

風間に連絡入れないと、と慌ててスーツのポケットから携帯を取り出す。足元から頭のてっぺんまで何もかも黒一色で目の保養にならないと常々思っていたのに、初めて見る携帯の色までもが黒いのは流石に無い。無いわあ。祝は(一応敬うべき)教師にそんな引き気味な感想を抱く。言葉に出しても良かったのだが、遅い時間に変な問題を起こして更に帰宅時間が延びると困るので黙って自身の携帯を突き出す。

「せんせー起きたら連れてってもらうって連絡済み」
「責任を持ってお送りさせて頂く!…の前に学園に携帯持ってくるな!」
「昔の時代じゃないんだからさ。此処は携帯OKだよ?それに今時の小学生は携帯持っておかないと危ないでしょ〜。何?先生はボクが誘拐されても良いわけだ?体罰じゃないとはいえ、言葉の暴力もどうかしてると思うなァ〜」
「…………」

肩を竦めて文句を垂れる様は、本気で親の顔…特に父親の方を知っていたら分身か何かかと勘違いしてしまうくらい生き写しで綾小路は込み上げる怒りを抑えるのに忙しかった。おまけに正論を言っているだけに余計腹立たしい。

「ほら!行くぞ!!」
「はいはい〜っと。先生、もっと子供には優しく…というかボクには優しくないよね!」
「五月蝿い!」

ソファの上に折り畳まれた、これまた期待を裏切らずに黒いコートを着込んで音楽準備室のドアを開けて手招きした。それに倣うと、ギラギラ輝いていた音楽室とは逆に頼りなげに光る廊下の暗さと冷えた空気が頬を掠める。立冬というやつだろうか、秋と冬の境界線はいつも曖昧な位置にあると感じる。

「寒〜っ」
「当たり前だっ。起こすか、さっさと帰れば良かったんだよ全く……」

出入口の近くに埋め込まれている電気スイッチを押して、完全な闇となった音楽準備室に鍵を掛ける。そもそも見回りが注意しに来ないのを考えるともしかしてさぼったのか?設備が良い割りには警備ずざんだろ、セキュリティ入れろよなと此処には居ない見回り当番相手にぶつくさ文句を吐く綾小路を見るのは非常に珍しい。普段は誰にでも平等に扱う厳しく優しい教師として通っているのを祝は人伝いに知っている。

「此処は何か警備居なくっても見えない何かで守られてるような気がするから放っとかれてるんじゃなーい?ていうか先生がそんな口汚いと皆ショック受けるんじゃないの?ん?」
「今はお前しかいない。一旦、職員室寄ってから帰るぞ」
「あ、ひどい。サベツだー」

冷たい空気が侵入して来ないように深緑に近い色のダウンジャケットのジッパーを襟首まで上げつつわざと口を尖らせて子供らしく拗ねてみたが、目を合わせることもなく素通りして暗い廊下を堂々と歩き出す。こういう薄情な所が表立たないのは、人との付き合い方を弁えているからだろう。祝がどんなに口が軽くても綾小路の今までの功績が盾を生む。

「人生頑張ってるね先生」
「お前より長く生きてるからな」

自己完結した祝は綾小路にそんな言葉を送った。聞き返すことなく対応する辺り、随分と慣れていることが窺える。小さな笑いを零した後、階段を下りて高等部の職員室にあるキーボックスに音楽準備室の鍵を掛けた。チャリンと保管されている複数の鍵がぶつかる音が聞こえる。

「行くぞ」

無数の下駄箱を過ぎて外に出た途端、何故か足を止めて急に少し待てと手で制される。そのまま正門に繋がる道から逸れていく後ろ姿を必死で追う。月明かりが当たらない所に入ると黒と化した綾小路の存在が酷く薄くなった。

「んん〜?寒いからさっさと帰ろうよ先生」
「と思って」

にゅっと気付かない内に近くに戻って来た綾小路から湯気の立つ紙コップを差し出された。驚きつつ受け取ると手の表面が熱くなったので交互に取る手を変える。揺々と鼻を掠める甘い匂いで直ぐにココアだと理解した。

「嫌いか?」
「嫌いではないけど、あからさまに子供扱いしてるよねェ」
「実際子供だろう」

あと、紙コップだから文句ないだろ?と当たり前のように付け加えた。確かに祝は潔癖な所があり、そのまま缶に口を付けることを好まないがクラスメイトだけしか知らない情報だったので思わず身構える。

「…何で」
「はは、お前って…完璧に父親に生き写しだなあ。ほんと可笑しい。ははは、駄目だツボった……あははは!」
「…………」

一頻り笑い終わった後は、生理的に出てしまった涙を拭きに掛かる。教師という立場を忘れた綾小路の対応に困った祝は黙って落ち着くのを待った。



「困るなあ」



手の甲で拭い終えた時、小さく呟くものを祝は逃さなかった。思わず反応を返しそうになった所で、綾小路はころっと話題を変える。

「せ」
「ぬるくならない内に飲めよ。じゃ、帰ろうか。って……そういえばお前、何で準備室に居たんだ?」
「えっ、あー…うん!ちょっとね!?」
「……楽器触ってないだろうな」

手垢をベタベタ付けたのなら少しお仕置きしなきゃならないな、そう訴える雰囲気が綾小路から襲い掛かってくる。笑っていても、目が本気なので怖い。落ち着いてる人ほど怒る時はやたら怖いという言い伝えは今、此処で証明された。

「いや、レコー…っげふんごふん!!」
「魔音ならないぞ」
「あっそうなの!?……いや、ちょーっと懐かしく思い出したら興味湧いてさあ」

魔音という単語を直ぐ口にした所を考えると、噂を聞き付けた生徒達が何回も興味本位で音楽室へ忍び込んでは荒らしていった経験を持つのかもしれない。深く聞き出すと準備室に鍵を掛けていた時のように文句を垂れるかもしれないと思い、祝は何も言わず綾小路から貰ったココアを一口二口飲む。

「はあ、此処の学生は本当に季節関係なく怪談好きが多いな。校則違反ものだって分かってるのかね…」
「警備が薄いのもそれじゃないの?ルールなんて破るためにあるからね!」
「はあぁ…会議に掛けるか」

苦労が耐えず、白い溜息を何度も付く綾小路は学園内でいつも見掛ける光景だったので何となく安心感を覚える祝であった。



*



「やあやあ!」

両手を掲げて声を張り上げるのを見た瞬間、海外の空港に足を踏み入れたのかと綾小路は目を押さえた。防音のない外に飛び出て叫ばれるよりは良いと妥協して、祝の背中を軽く叩く。

「お見送りゴクローサマ。随分と息子を遅い時間まで縫い止めてくれたねえ」
「俺も悪いが、お前の息子も悪いんだからな」
「そーなの?祝」

冷たい外気に晒されてすっかり赤くなってしまった祝の頬を大きな両手で揉み込む風間は、綾小路の主張を突き付けた。

「気持ちよさそうに寝てた先生を起こす酷い子供がいる?」
「確実に綾小路のせいじゃないか」
「てめー!!息子の肩持ちやがって!」

借りは今度返してくれたらいいよ、と軽々しく言う風間に対して教師とは思えぬ不満気な顔を作る。大人同士がみっともなく言い合いをしている隙に、ダウンジャケットを脱いで小脇に抱えているとお呼びが掛かった。

「じゃあ、またな。祝君」
「あ、うん。またね」

手を振る綾小路はすっかり普通に戻っていた。言い合いは終わったらしい。…普通、教師と生徒の親が喧嘩など問題だと思うのだが、旧友らしいので気にしないでいた。いたのだが、祝にはある疑問が付き纏う。

「…………」
「どったの?あったかくしないと風邪引くよ」
「……ボク、」

出て行った綾小路を見送った後に鍵を掛けて父の手に引かれる自分の手を見ながら、主語のない言葉を滑らす。

「先生が泣くの、ちょっと苦手だ」
「そっか、悪い夢見てたんだ先生」

夢くらい幸せなの見ればいいのにね、綾小路らしいなあ。ふふふと楽しそうに笑う父を横目に。

祝は脳内で静かに呟いた。





(……ダディとマミィを呼びながらね)










教師と生徒/01





14/12/03  風間の息子だから仮面被らなくなる綾小路先生書くの楽しい。