悪魔召喚術という、実にオカルトじみた一冊の本。
表紙は墨汁を浸したような漆黒色で質素に見えるだろうが、皮(鞣し革だろうか?)で張られているので非常に手触りが良く、高級感が溢れている。この本が何処にあったかも、幾らしたのかも、土産として持ち帰ったダディ…父にしか分からない。
「…………」
ただ――ただ、分かることは一つ。胡散臭さが沢山詰まった土産本を見る勇気が無かった僕の代行人として面白半分で、モラルと秩序をごちゃ混ぜにした面倒臭い人間に手渡した。それ以来、傍目からは気付かないだろう変化をきたしていたということ。
「僕ちょっと」
「んぁ?何だよー、っていうか!話聞いてなかっただろ、お前!?」
「ごめんごめん、覚えてたら次はちゃんと聞くよ。それじゃ」
投げやりにも近い感じで級友である水科との会話を終わらせると、後ろから文句が飛んできた。いちいち気にしていたら、今まで目で追っていた『彼』を見失ってしまう。焦りから少し早歩きになる。
「…あ」
僕からすると小さく見える後ろ姿が廊下の角を曲がって視界から消えてしまい、『彼』の後を付いて行く。
「おい」
角を曲がり切った途端、急に呼ばれて固まった。全ての動作が止まった代わり、視界だけは命に答えなくとも勝手に捉える。――『彼』の真正面を。
「え、っ」
「俺に何の用だ」
大川という不愉快極まりない転校生を退治する為に同盟を組んだ時以来、顔を合わせることも話すことも無かったので正直言って驚き過ぎて声が出なかった。一歩足を下げそうになった所に視線を向けられたので、ぐっと持ち直した。
「あーえっと……まだ、あんな事してるの?」
「……あんな事?」
心当たりを探しているのか、流し目に見る。時々こういうさり気なさが変に艶を含んでいる気がして変な奴を呼び寄せている原因にもなっているのではないかと、同盟を組んでいた時から思うことがあった。言った所で怒るのは目に見えているので今の今まで黙っていることを選んでしまったけれど。
「ああ、悪魔召喚の事か」
ふふ、と悪戯した子供みたく笑う『彼』に妙な違和感を覚えた。前はこんな風に笑っていただろうか…。変な感触がじわりと心を巣食う。
「今更、僕が言うのもおこがましいかもしれない。けど、もう止めてくれ。君には毒すぎる」
「は?」
僕の忠告を受けると、一気に笑顔を剥ぎ取って無表情に切り替えた。その態度に、違和感がまた押し寄せてくる。
「本当に今更だな。…お前さ、一度黒の中にぶち撒けられた白は戻らないんだぜ」
「……ッ」
「知ってるだろ、そのくらい?」
話しながら近寄って来る『彼』に動揺した挙句、つ、っと胸をなぞる元吹奏楽部で鍛え上げられた細長い指に思わず反応した。
「……お前もアレか?」
「え?」
「女好きだから興味ないと思ってたら、しっかり反応するんだな」
先程の反応した僕の感触を、少し興味深そうに感じながら指と指を擦り合わせる。しかし、数秒後すぐに興味を失せて何処かへと行こうと足を動かした。まだ聞きたいことがあった為、引き止めようとしたが慌てて通せんぼする形になる。
「ま…待て!そ、それは、どういう意」
「お前もその辺にいる男と変わらないなって意味さ」
他人事のように吐いた『彼』の腕を掴んで互いの距離を無理やり縮めた。
「綾小路!!」
「いっ…てぇな。何だよ」
「きっ、君という奴は……」
「はは、何?心配しなくとも寝てはいないよ」
首を傾げ、ボタンを一つ外しているワイシャツの襟元を手で開く。誘う素振りを見せ、挑発を掛けてくる『彼』…綾小路の胸倉を掴みたい衝動に陥ったが、何とか堪えた。
「…っ」
「女だけじゃなくて、男を欲しがる悪魔もいてな。俺の口一つだけでホイホイ付いて来るのを見るのは面白いぞ」
「黙れ!」
「…何だ、怒ったのか?」
違う。嫉妬だ。これは間違いなく、嫉妬だ。女はともかく…他の男達に。なんてことだ。同盟を組んだのも、同盟後も気になっていたことも全て、こんなことで自分の気持を自覚するなんて絶望以外なんでもない。だって今の綾小路は正気、じゃない。
「……止めてくれ。今後はそういうことしないでくれ」
「お前には関係のないことだろ」
ぎゅ。僕の手がすっぽり包まれる両手を掴んで、視線をこちらへ向け直す。
「関係ある」
「へえ」
馬鹿にした笑みを向けられても、動せず話を続ける。悪魔召喚の為に人間を誘い出す綾小路を止めるにはこれしかないと一つの提案を持ち出す。
「……僕が贄を持ってくるから」
「はは、お前はいつも口先だけだからな」
「今日。持ってくるから」
本気を示すと、馬鹿にした笑みを解いてようやく初めて僕と綺麗に目を合わせて。
「そう――期待してるよ、風間」
にこりと優しく笑って名前も呼んでくれた。
それだけで心が満たされていくのが分かった僕は、頑張って綾小路に笑顔を返した。
あまりにも愚かな恋でした
14/06/23 何年ぶりだろう…笑。ネタ思い付いたので始まりを。
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