「なーなー!知ってるか?」
目を輝かせた一人の生徒が教室のドアを開けて、雑談していた友人達の中に潜り込む。何事だとそれぞれの目が一斉にその生徒へ注がれる。
「何?」
「んー?」
「昔、此処に旧校舎あったよな!」
何だそんな事かと全員呆れる。昔の鳴神学園に存在した旧校舎に纏わる噂は今でも語り継がれている為、さして珍しくもなかった。別の話題に移行しそうな雰囲気を一人の生徒が慌てて打ち破る。
「おいおい!?興味無くすのは話し終えてからにしろよ!」
「えーだって…なあ?」
「散々出まくってるしなー…まあいいや。んで、どんなウワサよ?」
とりあえず聞いてやるスタイルな友人達の態度が癇に障るが、此処は我慢だと気持ちを落ち着かせてゆっくりと話し始めた。
「旧校舎の上がり階段の中腹に、でっかい姿見あったっていうじゃん?悪魔が出てくるとかなんとかの噂が多いやつ…アレさ、なんと今!音楽準備室の奥に眠ってるらしいんだよ!!」
「え!?マジで」
「ンなもん、あったけ…?」
「何かゴッチャゴチャ楽器置いてるけど、ちらっと見えたよ。聞いて俺ちょっと用事装って確認した!」
「お前勇気あるな!?こわくねーか、旧校舎の噂はヤバいって聞くし」
「触らなきゃ平気だろ?」
先程まで全然興味を持たなかった友人達が、いつの間にか姿見についてあれこれと詮索してくる。現金な奴らだなあと心の中で思いながらも、気分が良くなったので友人達を許すことにした。
「だから、お前らも見てみって!音楽準――」
「音楽準備室がどうした?」
「「「ぎゃあ!!!!」」」
盛り上がっている中、急に後ろから静かな声で質問が飛んできた。皆それに驚いたわけではなく、声の主を嫌というほど知っていた為だ。姿を確認すべく、視線を向くと今やトレードマークと言っても可笑しくない程の黒スーツに口を覆った黒布が見える。
「あ、綾小路先生…!!」
「や、やあ、こんにちは!今日も黒いですね…!」
「黒いは余計だ。…何かに興味を持つのは良い事だと思うが、あまり姿見には近付くなよお前達」
取り乱して変な言葉を吐く生徒達とは違い、教師は平然と注意を促す。そう言われると好奇心は余計増すだけだと言わんばかりに生徒達は目を輝かせた。
「何でですかー?やっぱりウワサはほんとだったりしてッ」
「ばーか、危ないからに決まってるだろ。前にお前達みたいな生徒達が忍び込んで怪我してったぞ」
「げーっ!?」
「可哀想にな、手を切って使い物にならなく…………なんてな。幸い軽傷だ」
記憶を引っ張り出した教師は軽く冗談を交えた。その後、生徒達を見据えて一言。
「健全な青春を送れよ若者」
「何か年寄り臭いですよ!?でも、注意どもです…」
「ほんと気ィーー付けます!!」
「じゃあさよなら先生〜!」
嫌な雰囲気に耐えられず、一人の生徒の挨拶を境に帰り支度を済ました鞄を掴んで急いで校門へと駆けてゆく。カーテンを掛けていない窓から差し込む夕焼けによって伸びた影を見送る。
「くすくす」
「岡沢」
暫く赤く染まった廊下を眺めていると小さい笑い声が後ろから聞こえ、振り向くと本で口を隠した少女が一人。この子の特徴は全て本に注がれているな、と教師はつくづく思う。
「あの姿見、元々何処に眠っていたんでしょうね…?」
耳元で囁くような言葉を吐いた後、少女の瞳の中に収集していた沢山の文字がすっと真っ黒い教師へと移り変わる。そこに見える表情は半分、口を覆っている黒布に妨害されていたが、目から強い拒絶が表れていた。
「…好奇心は猫をも殺す、だぞ」
「くすくす。先生がそう仰るなら…それと、要望されていた本をお持ちしました」
「ああ、悪いな」
それじゃあ早速、同好会を始めるとしようか。そう言う教師の背中を見詰め、少女は後に続いた。
手放すことなく棺に
納められる幼き日の
僕らを繋ぐもの
14/05/11 元々は学園の何処かの倉庫に保存されてたとかそういう話。
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