※綾小路が可哀想です。






外で遊ぶには打って付けの快晴。

いつも良くしてくれている妻に休日を与えた代わりに、娘の相手をしていた。その最中に喉が渇いたと言う娘の言葉を聞き、近くにあった自動販売機で飲み物を一つ買った。程よく冷えた感触が手から伝う。戻ろうと踵を返した時、視野に映ったものは。

「―――――」

砂場で遊ぶ娘の隣に立つ細身で背が高い男。肉眼で捉えたとしても、あの奇抜な服装は間違いようが無い。記憶から全て消し去ってやりたい存在だ。手の中にある冷たさを超えて、すうっと全身の温度が奪われてゆく。

「何、」

取り乱すことなく、そっと娘の前に立って壁を作った。然りげ無い動作だった為に、娘は気付くことなく笑顔で迎える。

「パパ〜!おかえりなさい!」
「やあ、綾小路」

片手を上げて、突然湧いて出てきたことを何とも思わず軽々と挨拶した。その友好的な態度を受け取らずに睨んだ。

「どうして、お前が」
「パパのお友達なんだよね?おにいちゃんがそう言ってたよ」
「……、……」

知らない人とはお話しちゃダメって約束だよね、足に両手を回して屈託無く笑う娘に掛けてやる言葉が見付からない。ぐんにゃりと目の前にあるものが全て揺れ始める。

「おにいちゃんすごくやさしいよ。本当はもっと前から知ってたんだけど二人でパパを驚かせようって―――」
「………………いつ、―――いつから?」
「………………さあ?」

娘の問題発言に目を見開いて、ゆっくり視線を風間へ向けると悪戯っぽく笑んで人差し指を口に当てた。それ以上言うつもりはないという主張だろう。指や顔の輪郭がぶれる。ぐにゃぐにゃ。気持ち悪い、以上に恐怖が身を染めていた。心臓音が五月蝿い。

「だいじょうぶ?すごい顔真っ青だよ」

手を伸ばす風間の動作にびくりと震えた。思わず過剰な反応を見せてしまったことに心内で舌打ちした。これでは娘が不思議がってしまう。後退りしながら娘ごと移動しようと行動に移る。

「パパ?」
「もう、家に、帰」



(駄目だ、―――限界だ)



「パパ!?」

ぐにゃぐにゃ揺れ続けていた世界が、ついに分裂した。



*



「……………」

目が覚めると薄暗い中の白い天井。視線を少し横に逸らすと見知った照明が飛び込んで此処は寝室だと理解する。はあと軽く息を吐き出した同時に、天井を遮って誰かが此方を覗き込んだ。ばちっと瞳と瞳がぶつかると急激に脳がその物体を捉えた。

「ヒ、!」
「悲鳴なんか上げちゃ余計な心配するから止めたまえよ。只でさえ君、倒れたんだよ?」

言われて、つい先程の出来事が蘇る。口を塞ぐ風間の手を引き剥がして少し落ち着くべく呼吸を繰り返した。そして少しの不安も過ぎった。

「娘は」
「居間にいるよ、ふふ、あの子すごく良い子でね。さすが雪ちゃんと君の子供だねえ、君が起きるまで傍にいるって言うんだよ。でも見たい番組があるだろうし、僕が代わりに見てあげるよって言っておいたから」
「………………」

微かにテレビの音が部屋に運ばれてくるので、嘘は付いていない。少しの不安は拭えたが、目前の問題を本当に解決させない限り決して心休まることはないだろう。暫し沈黙が続いた後、上半身を起こして小さく嫌悪感を込めた言葉を紡いだ。

「……家族に、手を出すなって言った筈だ」
「君の努力次第だって言ったでしょ」
「この……」

機嫌を損なわせる可能性が高いので正直言って風間とは喋りたくなかった。それを堪えて、やっとの思いで言えた言葉は直ぐに切り落とされ、窮地に至る。言い様のない怒りを散らすべく、真っ白いシーツを掴んだ。

「そうだなー。証拠としてー、君から僕にちゅーしてよ」

そんな心情も知らずに、図々しくベッドに座って顎を掴み上げて一つの提案を持ち出す。剥き出しになっている唇を優しくなぞって微笑むのがたまらなく嫌だ。

「できない?」
「あの子が」

出来る出来ない以前に居間にいる娘のことを案じて目を逸らすと、容赦なく視線を引き戻された。

「黙ってやればいいじゃない」
「……………」

常識が通用しない、故に何を言っても無駄だ。逆らったら何をされるか分からないと危惧するなら残された道は一つしかない。ベッドを軋ませながら風間に近付いて軽く口を触れ合わせた。

「あ、舌入れてね」
「……っ」

離れようとした途端、思い出したように付け加える風間が憎たらしい。この状態で引くわけにもいかず、言われた通り舌を出した。唇をなぞって薄く開いた隙間から滑り込ませる。

「ちゅ、ン、ふ」
「んー」
「う」

自分からしているとはいえ、身長の差で自然に下から風間の舌を受けている感覚に陥る。口の中で混じり合う唾液の音と微かに聞こえてくるテレビの音が自分を苛む。

「ん、ッ!」

満足させることだけに集中していたせいで腰を抱く風間の手に気付かず、そのまま尻を撫でられて反応した。恐怖でなく、快感から来るものだと自覚して自己嫌悪と共に顔を赤くした。早く終わってくれと願いながら目をきつく瞑って口腔を掻き混ぜると、ずるんと風間は舌を抜き出した。

「んは、は」
「よくできましたー…っと」

終わった。呼吸を整える。と、覆い被さって来て仰向けに倒れる。そのままシャツを捲ろうとした風間に身を強張らせた。

「や、やめ」
「ご褒美だよ」

これは冗談、とシャツから手を離した代わりに鎖骨を甘く噛んだ。その後、唾液の付いた唇をなぞって満足した風間は立ち上がって寝室のドアを開けて娘を呼び出す。慌ててベッドを整えて身構えると愛くるしい顔が現れた。

「パパもうだいじょうぶ?お水ほしい?」
「あ、ああ」
「まってー、すぐ入れてくるね!」

ベッドの角に顔を乗せてじっと心配そうに見てくる娘を今は直視していられず、曖昧に返事をすると急いでキッチンへ移動した。それに倣ってゆっくり寝室から移動する風間の後姿に不安が湧いた。

「じゃあ僕はもう帰るね」
「えっ、あ、おにいちゃん帰っちゃうの?」
「うんー、起きたしね。もう心配いらないと思うよ」

覚束ない足取りで居間へ入ると、キッチンで踏み台を使って水を入れたコップを両手で支えたまま、じっと大きな目で見詰める娘の髪を撫でながら笑う風間が視野に入る。

「また、あえる?」
「そうだねー」

ちらりと、此方を撫で回すように見やり。





「君のパパが良ければ――― ね」






















何もかもがきみの足枷になる

ことを内心ほくそ笑んでいる