「う、う、ぅ」
入り口付近にまで垂れたローションを人差し指で掬って、こつこつと小刻みに孔を突く。その度にぴちゃぴちゃ水音が漏れる。液体の音と感触が不愉快で眉根を顰めながら歯を食いしばる。
「あ!う、ぐ」
突付いて何度か目に、予告も無しに人差し指を突き入れられたのが分かった。本能で受け容れを拒否するもの、ローションの効果でほんの少しの力を入れるだけで簡単に進んだ。
「っっ…、ひ!」
そのままゆっくり中に指を埋めると思って身構えた反面、風間は勢いよく人差し指の第二関節を下向きに埋め、出来た隙間をもう一つの人差し指で上向きに少し拡げた。
「ん〜、キレーな腸。ピンクだ」
何度も受け容れたことがあるとはいえ、昔の話なので流石に苦しい。呼吸を繰り返して圧迫さから逃げようとした。ずるん、指を抜いてべた付く液体を親指と人差し指で混ぜ合わせて一言。本当に軽々とした一言を吐いた。
「久し振り過ぎてきついかな?どうだろう?ごめんもう我慢できないから挿れちゃうね」
言った直後、覆い被さって体勢を取る風間に否定を露にする。先程のでさえ苦しい思いをしたというのに、それ以上の器量を無理に押し込まれたらどうなるか考えなくても直ぐに分かることだ。身の危険から反抗しても自分勝手に物事を進めた。
「えっ…ま、まて!無理言うな!やめろ!待ッ―――――、ひぎっ!あ!ァ!ああアァあ!やめろ!やめっ……うわ、あ、あがっ…!」
「はあ、きつっ……僕以外誰も挿れてないみたいだね、良かった良かった」
「あ、―――あ"―――あ"っ!!」
壊れると思った。死ぬと思った。けれど、人間はそんな簡単に壊れたりしないよ、と笑っていた何時かの記憶が頭の中で出てくる。嫌だ嫌だ嫌だ。腸内にみちみち侵入してくる性器という凶器に酷い寒気を覚える。嫌だ嫌だいやだいやだ。
「あ、あや、あああ、あ、やだ、嫌だやめて、やめてくれっ……!いたい、いた」
「ねえ君の家族ってこれ?」
ベッドの横にあるサイドテーブルに置いていた一つの写真立てを目の前に突き出され、身を強張らせる。返答の代わりに内に無理やり収められた性器を更に締め付けた。
「どっかで見たことのある顔だなー思ったら、これ、雪ちゃんだよね?同じクラスにいた君の幼馴染だっけ」
「…………ひ」
「可愛いから一度犯したいと思ってたなあ。あーあ、こんなことになるならそうすればよかった。でもまあいいか」
今、久し振りに僕達繋がってるわけだしね。そう言って愉しげに笑う奴は異常者でしかない。常識で通用する相手じゃないと散々思い知った過去が次々と鮮やかに蘇ってくる。―――もう嫌だ。
「ア、う、動かさな、でっ……痛い、痛いんだっ!」
「此処ってベッド二つあるけど雪ちゃ―――、んー、ふふ。奥さんどっち使ってるの?」
叫びを無視して部屋の中を軽く見回した風間は名前を呼ぶのを止めて、奥さんという表記で言い直した。余計、家庭を浮き彫りにされて今の状況が重く圧し掛かる。痛みに耐えている中で返事する余裕など持っていなかった為、荒い息を繰り返すだけの態度に痺れを切らせて腰を動かす。
「ねえ、どっちって聞いてるんだけど?」
「ぎっ―――あ、あああ、向こう、っ隣っ……!隣!」
「そう」
答えたことに満足して笑った後、身体を持ち上げて隣のベッドへと移動させられた。
「君の好きな匂い」
「何、言っ―――っ!っ!!」
ぐ、と重量感を腹の中に落とされて言い掛けた言葉が散り散りになった。妻のベッドの上で男に組み敷かれているなど屈辱以外の何でもない。肉体的にも精神的にも広がる痛みに耐える代わりに涙を流した。
「泣いてる顔を見るのも久し振りだなあ、ふふ、変わってないね」
凄く可愛いよ、耳元でそう囁く風間と過去が二重になる。そのまま、ゆっくり両腕を掴んだかと思うと一気に引き込まれた。足の間に割り込まれていた為、閉じることもままならぬまま肉と肉が擦れ合う。悲鳴を上げて、両腕を離すよう力を入れた。
「痛い?ごめんね。でも君、結構マゾだから。すぐに馴染むよ、うん」
「あ、あっあ、ひ、や、ぁ、ぅえ……っ……はなして、はなして……!……!」
少し鉄臭い匂いもしたので恐らく、切れているだろう。ローションと一緒に抜き差しされて粘っこい音が何度も反芻する。排泄感が暫く続いた後、肉の壁を抉じ開ける亀頭がごりんっと何かと当たった。
「ひンッ―――!」
反射的に腰を浮かせ、風間に自らの痴態を晒す格好になる。いつの間にか半勃ちになっている性器を悪戯っぽい顔で見詰め、軽く擦り上げると完勃ちした。
「ほら、マゾだ」
「あ、ち、が、」
「前立腺突いちゃったかな〜此処だね。はい、ごりごりっと」
「あ―――ぁ、あダメ!同じとこ、突かな、ダメやめてやだ!いやっ……うぁあ、あン!」
ごりごりと前立腺を突かれる度にベッドのシーツを爪先で引っ掻き、腰が自然に浮く。もっと欲しいと強請っているように見えて酷くプライドが傷付く。自分の甘ったるい声も、感じる身体も、受け容れる中身も、全部何もかも嫌悪として成り代わる。
「は―――ふ―――」
「ダメだね、久し振り過ぎて……君の中すごく熱すぎて、達きそう」
そう言って、入り口付近までぎりぎり抜いて一気に深く突き入れる。その都度、腰から背中を撫で上げられるように快感が伝わってきた。同時にこの行為で、全然抜く気配がないのを読み取って慌てて止めに入った。
「! やめ、中は、いやだっ…!いやだ!!」
「じゃ、ぶちまけていいんだ?此処に」
「………………!」
「はは、奥さんのベッド汚しちゃって、……いいんだ?」
「あ、ぁ、あ、う」
「―――っ―――……ぃ……う、な、中……なかっ……中に、だし、だして……っ」
随分と皺くちゃで自分の涙や血液で汚れて必然的に洗わなくてはいけない状態にあたるが、そういうことで済む問題ではなく精神的に家族を汚されるのを嫌い、自ら誘い込む形で足を広げると風間は微笑んだ。
「とても妻子持ちとは思えないくらいエロいね、綾小路」
「あ、ああああ、あ、っあ―――――……!」
腰を上げ、零れないよう深く突き入れて腸内に熱く粘着く精を沢山注ぎ込まれた。
限度容量を超え、受け止め切れずにごぶりと白い泡が接合部分から出てきたが、シーツを汚すことはなかった。腹に撒き散らされた自分のと、中に留まる精液を焦点の合わない目で他人事のように眺めた。
「……………………」
そんな様子を風間はズボンの後ろにあるポケットから折り畳み携帯を取り出してぱちんと開く。片手で操作しながら、小さなカメラレンズを此方に合わせて一枚。ピロリン、と間抜けな音が鳴る。写真を撮られているという認識はあっても、もう抵抗する余力がなかったのでそのまま黙って何枚か撮られ続けた。
「保存、っと〜」
新フォルダを作って画像を保存し終えた後、満足気に身体を持ち上げて別のベッドに移し変えて、収めていた性器を抜き出した。栓をなくしたそこは出口を求めて流れ出す。
「お疲れ様」
先程の無茶な振る舞いと打って変わって優しく、声を掛けて涙の跡が残った頬を撫でる。そこで、ようやく―――酷い行為が終わったんだと、安心感を噛み締めて目を瞑った。
*
電気も付けずに薄暗い中、スーツを脱ぎ捨てて黒ワイシャツ一枚だけの格好で洗面台に齧り付いて迫り上がってきた胃の中身をぶちまけた。出しっ放しにした水と一緒に排水口へと流れ出ていくのを力ない目で見ていると、携帯の呼び出し音が響いた。ずるずると床に座り込み、脱ぎ捨てたスーツの袖を引き寄せてポケットの中に収めていた携帯を開くとディスプレイ画面に脂汗を滲ませた自分が映り込む。
『また会おうね』
いつの間にかメールアドレスを交換したのか風間からの簡潔な一文と一緒に映し出された添付写真を見て、光り輝く画面から離れて全部出し切った筈の胃の中身をもう一度洗面台に向かって吐いた。
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