下校時刻を告げる音を聞きながら生徒が一人残らず帰宅したかどうか見回りをした時、裏門から鳴神学園を覗く不審者を見付けた。追い払おうと、伸びた影の終点に近付くと記憶の中にある見知った顔が現れた。

「―――…まだ、生きてたのか」
「そっちこそ。びっくりしたよ、なに?此処の関係者?……もしかしてセンセイ?」

軽々しい物言いと派手な服装が実にらしいと思った。高校時代の時から余り成長せずに大人になったような感覚を受ける。質問の返答を返すより先に、堅苦しいスーツと小脇に抱えた教科書の束を見て教師だと判断された。

「……卒業を境に殺―――クラブは解散したのか?」
「新堂は?いるでしょ、此処に」

ふと気になったことを口にすると直ぐに切り返してくれた。が、昔のことを穿り返してどうすると後悔した。その為に同僚である新堂を他人のように対応し続けていたことを今思い出しても仕方ない。話題を別の方に滑らせることにした。

「連絡は取り合ってるのか……と、すると他の面子も」
「うん、忙しくてなかなか会えないけど元気そうだよ」

メールから判断しただけに過ぎないけどね、と一言付け加えてズボンからストラップの紐を掴んで携帯電話を揺らせて見せてくれる。派手な服装に反してストラップは、シンプルに一つしか付けていなかった。

「そうか、元気で何よりだよ。…風間、閉めるから退いてくれないか」
「……ねえ、どうしてそんなこと聞いたの」
「え―――、いや、ふと……気になっただけだ」

「本当に?」

退く素振りを見せず身を乗り出す風間を制し、無理やり学園の外へ押し出した。その離れた瞬間を狙って門扉を閉めると柵の隙間から顔を覗かせる。

「血の匂いや感触は一度でも味わえば、日常に戻るのは難しいよ。足を洗おうとしてもダメ。直隠しにしてもダメ。…………どうしても疼いちゃうんだよね」
「な、何だ急に」
「君なら分かる筈だよ、綾小路」

そうでしょう?小脇に抱えていた教科書やプリントの中から黒い革で張られた古い本を柵の隙間から人差し指で抜き出して薄笑いを浮かべた。最初から承知の上だったように。





「鳴神に戻ったのって、―――未練からきてるんでしょ」





門扉を、また開け閉めすれば時間を食ってしまう。抜き取られた黒い本を何とか取り返そうと柵の間に手を伸ばすと、すんでのところで避けられた。

「おい…、返せよ」
「どうして?」

再び狙いを付けて手を伸ばすが、空を掴むだけだった。

「いいから、それを」
「懐かしいね悪魔召喚」

言葉を聞き入れず、黒い本の中身をぱらぱらと捲って感慨に浸る。このまま無視して踵を返してしまえば簡単に事が終わるだろう。だが、手の内に収められた本を置いておくという決断が憚られた。これがなければ普段どおりの落ち着いた生き方があると頭では理解している。昔の、何も知らなかった自分なら迷いなく選んでいたに違いない。

「折角の再会だし君の家行きたいな。積もる話もあるし」
「勝手に何を言って……」

正門で待ってあげるから帰る用意しておいで、と意味深な笑顔を向けて返答を待たずに移動し始めた。

「……その時に返してあげるよ」
(ああ、なんて奴だ)










(俺にとってそれは―――悪魔の囁きだ)






















何を望み、何に生きるか。