綾小路行人。
『それ』は僕の些細な行動によって壊れてしまったもの。

大川という形をした悪魔を退治しても、硝子で出来たグラスのように一度落とせば元に戻る方法を持たない。修復は不可能に近い。が、支えを施せば崩れたものは歪だが、辛うじて元に近い形に戻ると―――そう、願って。

「綾小路」

願って、いつの間にか心の糧になってしまった悪魔召喚が行えるように僕は綾小路の為に生贄を作り出した。酷く噎せ返る鉄臭い匂いを受けないように。それで喜んでくれるなら何でもしてあげようと思う。

「生贄、持ってきたよ」
「…………………」

旧校舎の教室まで引き摺ってきた為か、予め付けた傷とは別に擦り傷や切り傷を負ってしまっている。その事に不満を抱いたのだろうかと確率の低い予想をぶつけてみた。

「汚しちゃ駄目だった?」
「いいや。…………いつも、有難う」

このように壊れてしまった綾小路は反応が誰よりも鈍く、喜怒哀楽が欠落している。脳に命令信号が行き渡るまで何秒か掛かるのか、それまでは様子見することが多い。礼を受け、任務を果たした僕は手にしていた生贄を放り捨てて綾小路に近付く。一歩一歩足を出す度に、腐朽した床が悲鳴を上げる。

「お礼よりも、頭撫でて欲しい」

木造の椅子に座る綾小路の太腿に顔を乗せて、そう言うと少しの沈黙の後。

「それでいいのか?」

物凄く分かりやすい一言が返ってきて、苦笑を零した。それ以上の見返りを欲する価値なんて、僕にはない。綾小路に対する気持ちに気付いた時なんて、後悔するほど辛いとは思わなかった。


(壊れて、初めてその綺麗な存在に気付いた馬鹿だから)


「うん、頭撫でてくれるだけでいいよ」
「…………そう」


(僕を目に入れて欲しくても、無理なら、せめて)


冷たく感じる態度とは裏腹に優しい手つきで僕の髪を撫で始める。その心地良さをずっと感じていられるように、ゆっくり目を閉じた。





















(せめて、少しでも人として保っていられるようにしてやりたい)

















あなたを

つつむものでありたい






11/10/23  壊れた綾小路と尽くす風間、何気に気に入ってたもんで続かせた笑