ある日、転んで膝に擦り傷を作った時に泣いていました。
ある日、母親から怒られて隣に隠れた時に泣いていました。
ある日、些細なことで友達と喧嘩して帰った時に泣いていました。
ある日、………………………………………………………


私は、彼の泣き顔が凄く好きでした。
だけど。

高校に上がってから男の子らしく振舞うようになっていき、泣く頻度が低くなり、いつしか私は不満を持つようになりました。誰かに泣かされて欲しいと、誰かに苛められて欲しいと考えが段々エスカレートしていくのを感じていました。

そして、その孕んだ欲望はある形で叶えられることになりました。



*



高校生活もいよいよ三年目、という所で私は凄く良いものを見付けた。

生まれてから今まで感じたことのない高揚感が一杯に満たされていくのが分かる。文句を漏らすこともなく、ずっと我慢をし続けた自分に対するご褒美が目の前に現れてくれたんだと、そんな思いさえした。

「どうしたのー、いいことでもあった?」

友達と雑談の最中だったことを忘れていた。聞かれて、逆にどうしてそう思うのか問うと人差し指を私の顔に持っていった。

「だって、凄く笑ってる」

手を頬に当ててみると、確かに口の端がつり上がってる。自分でも気付かない程とは、それだけ心を奪われたということだろう。少しの思い出し笑いだと冗談を言うと興味津々になる友達をからかって遊ぶ。実行を起こすなら、放課後にしようと心に決めながら。

それで、凄く後先の事を考えながら期待に溢れると放課後までの時間が待ち遠しく感じる。黒板の上に掛かっている時計の秒針がかちかちと進むのを見ながら待った。待って、待って、待ち続けてようやく放課後を表すチャイムが鳴り響いて立ち上がった。行く先は一つだけ。そっと手を机に置いて座っている主に声を掛けた。

「風間君」

後は、上手いこと誘って二人きりになるチャンスが得られた。嬉しさのあまり、少し高くなった声色で彼に報告しに行くとほんの少し驚き、眉を顰める。もしかしたら初めて見るかもしれない顔を見ながら言いたいことを打ち消して用件だけ伝えた。

その後、仲良く横に並んで下校すると先程まで心ここに有らずといった感じだったのに今の風間君は鼻歌を歌っている。顔を窺いながら、楽しそうだねと言うと笑いながら手を握って、引き寄せられて。

―――ああ。

思ったとおりの人で凄く嬉しい。口を離して少し気不味い雰囲気の中、風間君はずっと唇を弄りながら何度も感触を確認していたので次は身体を触らせてあげようと静かに微笑んだ。

そうして、その日がやってきて。

「風間君、頬はもう大丈夫?」
「うん、もうすっかり良くなったよ」

両親の居ない日、風間君を部屋に誘ってベッドで会話しながらごろごろし合った。ヘッドの上に男女が二人、後はもう分かりきった展開が待っている。髪を撫でられ、瞼にも指が触れた。

「…………ねぇ」

前にしたキスと同じ感覚を覚えた。くすくす笑いながら、事に及ぼうとする風間君の口を人差し指で制した。

「風間君」
「なぁに?」

そっと、首に両手を絡ませて耳元に囁きかける。

「あのね―――」






「協力してあげるからゆきを犯して、って頼んだの」
「ゆ、……」

「風間君、凄くゆきのこと見てたから分かりやすかったんだよね。ああ、この人ゆきのこと好きだなって。でも、ゆきはずっと私を見ていたし思い通りにはいかないだろうって思ってたから、いつか行動を起こすと信じてた。だから私が早まらせてあげたの。……思ったとおり、凄く可愛い顔を見せてくれた」
「雪……」

信じられない目で見詰めてくる彼に少し頭を下げた。

「ごめんなさい。私のこと、嫌いになった?」
「……き、らうわけ、な……。俺は……」
「良かった、ゆき!大好き、ありがとう。……お礼に、」

薄いパジャマの下を脱ぎ、絶対領域になった足が覗く。

「ゆきの童貞、私が貰ってあげる」
「な、なに……言って」
「良かったね、綾小路」

でもゴム、と私の方へ向く風間くんに手にしていた物を見せてあげた。

「風間君、これ落ちてた」
「ああ、うっかり。雪ちゃんの部屋に忘れてたのか、そっか避妊の問題は解決したね」
「やっ、やめろ!バカ!!」

仰向けに寝ていた状態から腕を引っ張って起こし、座らせて足を開かせる風間君の行動に彼は慌てながら喚き散らした。

「私としたくない?」
「そっ、そういうわけじゃ……!違う、待って、違うんだ…っこ、こういうのは良くない、まちがってる……!!」
「ああ!そっか、雰囲気大事にしたいタイプなんだ綾小路って」

可愛いねと言う風間くんに対して違うと言いながら首を振る彼の性器に手を添えて、口で噛みちぎって出したゴムを付けてあげる。

「大丈夫、どっちも大好きだよ」
「あ、あ、ゆき、だめ、あ、だめだ、やめ」

……思えば。

泣いているのが見たいなんて、誰もそんなことを言うことはなかった。周りを見て、屈折しているんだと気付いた私は誰にも言えずに此処まで静かに過ごしてやってきた。そんな中で見付けた風間君は本当に私と似ていて、凄く共感を持って。

どっちも彼のことが好きで。

どっちも同じ感情を持っていて。

どっちも既成事実を作ろうとしていて。



「――――――好き」



ようやく。
ようやく、叶った願いで私の心は満たされました。



*



今日もまた放課後がやってきた。

指定の鞄を取って、ぐるりと辺りを見回すと見覚えのある姿勢のいい後ろ姿を見付けた。そっと音を立てずに近寄って、剥き出しな手に五指を絡ませると予想通り驚いた顔を向けて喜びが隠せない。

「ねえ、ゆき。今日遊びに行っていい?」
「あ、うん……」
「やったあ!」

大胆に擦り寄ると赤い顔をして頷いた。ぐるりと彼を此方へと振り向かせて、両手を握って笑顔を振り撒くと益々照れた。かわいい、と思っていると彼の腰に腕を伸ばす誰かが現れた。

「いいなあ、妬けるね。ねえ、僕も遊びに行ってもいい?」

蛇のように纏わり付き、腹から太腿へと動きを変える。不快感が見て取れたけれど跳ね除けようとしないのは、私が両腕を握っているからだ。

「ああ言ってるけど、どうする?ゆき?私は誘ってもいいと思うけど」
「っ……う……」

困惑した顔をする。泣きそうだ、ほんとうにかわいい。





















「……う、ん……」

















(せかいは)


ぐるりとまわった






11/06/20  風綾雪ハッピーエンド。