何もかもが最悪だった。
全部、風間望という存在があるせいだと勝手に決め付ける。もう少し考えたら何てことない、ただの偶然だということを頭の片隅で理解しているが、そんな簡単なもので認識したくなかった。
「…………」
「ねえ、ゆきってば。聞いてる?ここ最近ぼーっとしすぎだよ」
横に並んで行き慣れた道を通って学園へ通う中、昨日の出来事を話す彼女の笑顔がある。他の男の馴れ合いなんて聞きたくもない。このまま何処か人気のない所で口を塞いで黙らせば―――、何を考えてるんだと自我を戻した。血が出そうなくらい歯を食いしばって暫し自己嫌悪に浸る。
「風間君、思ってたよりずっと優しいよ」
「そう」
昨日、初めて視野に入れた時は酷く不気味な奴としか思えなかったので曖昧な返事だけ返す。彼女の口から別の男の話が出るのが耐えられなかった、というのもあるが一番の理由は興味が嫌というほど無かったからだ。
「もう〜本当に、興味のないものには冷たいんだから」
あんな奴に興味を持つ方がどうかしてる、など口が裂けても言えない。行き場のない思いは握り締めた拳に込めた。
「…………ごめん」
*
昼休み。
図書室を避けて生徒があまり通らない裏庭で木々に囲まれながら家から持ってきた本を読んでいると、葉と葉の隙間から漏れる光がふっと人影によって消えた。
「綾小路」
「―――――」
とことん無視することを決めた時に限って嫌な奴に会ってしまう程、不運すぎる自分を呪いたい。その前に此方へやって来たのは初めてだ。今までは距離を保ちながら見詰めていただろう。微かな不安が生まれ、栞を挟んで立ち上がった。
「今日は図書室じゃないんだ」
「……勝手だろ」
「ははは、そうだね」
友好的な態度を取っても、好意や興味が湧くことはない。それよりも授業予鈴が鳴る前に教室へ戻りたかったので黙って、横を通り過ぎた。時。
「雪ちゃんってかわいいね」
「……!?」
彼女の名前が漏れて、思わず振り返ってしまった。
「凄くかわいいからさ、つい」
失態を晒したと、小さく舌打ちするのを楽しげに見ながら一旦区切った言葉をゆっくり噛み締めるように吐いた。
「キスしちゃった」
「…っ…」
わざと煽っているのが見え見えでどうしようもなく苛立つが、此処で切れたら相手の思う壺だと自分に言い聞かせて冷静を保った。何か言わないと付き纏うだろうと想定して。
「……何で、俺に言う」
「欲しいかなって」
「はぁ……っ!?」
やり過ごそうと思った矢先、返答が余りにも不可解なもので思わず間抜けた声を発してしまう。その時に、開いた口を酸素ごと奪われて息苦しさと理解不能で意識が混濁しかけた。離れるよう背中越しにTシャツを何度も引っ張ると沢山の皺が刻まれた。体格差では勝てない。
「―――――」
「!」
願いを聞き入れたのかそっと離れる、直前。呟きを耳にし、驚きのあまり目を見開く。
「痛」
咄嗟に繰り出した握り拳を引くと赤みを帯びた頬を擦りながらも笑う様は、不気味でしかない。この場にそぐわない雰囲気に恐れをなし、急いで校舎の中へ入った。誰もいない裏庭とは違って生徒があちこちに居る廊下は凄く安心感をもたらした。ほっと一息を入れた時、じんわりと痛みを持つ手に気付く。
「…………」
反射的に殴ってしまった罪悪感はなかった。ただ、口の中に残る感触が嫌で仕方なかった。傷付いていない手の甲で軽く口を拭うと沸々と怒りと共に気持ち悪さが混じり合い、何度も何度も拭いながら水道のあるトイレへ向かった。
「…………っ!」
気持ち悪い、
きもちわるい、
キモチワルイ。
『ゆきって言うんだよね、君も』
ただの挨拶
11/06/05 色々と重ねてる。色々と。色々と。
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