見られていると気付いたのはいつだったか。忘れてしまった。否―――忘れた。

「―――――」
 
輪を作る級友達の中に紛れ込んでいた最中、視線を感じた。級友達の会話から外れるのも馬鹿らしい、後ろを振り向くことなく会話を維持することにした。自意識過剰という考えは、何度も向けられた視線のせいでとっくに打ち砕かれている。物好きな人間が居るなと思う以前に、理由が全く不明で疑問に摩り替わった。が、聞こうとは思わない。

「どした?」
「いや」

何でもないよ、と小さく笑んだ。

興味のあるもの以外には蓋をし、盛り上がる級友達に混じって一人静かに休憩時間をゆっくり味わった。―――ずっと絶えることの無い視線を受けながら。



*



その均等が崩れたのは実に下らない理由だった。

「え……?」
「もう、ちゃんと聞いてよう!」

肩まで伸ばした黒髪を揺らせながら、ぷくっと頬を膨らます様は他人から見れば可愛いものとして受け止めるだろう。勿論、俺も例外ではないが今は非常に状況が悪い。

「風間君と一緒に帰るね、って言ったの」

たった一言。それが俺にどんな衝撃を与えるかも、知らぬまま無垢な顔で笑顔を浮かべる。……俺の一番大好きな顔で。

「だから、今日は一緒に帰らなくても大丈夫だよ」
「あっ……」

今まで保護者代わりとして一緒に帰っていたわけではない、と伝えたくても先程の一言で色々衝撃を受けて言葉が出なかった。そんな俺に彼女は次々と、言葉の刃として容赦なく心を切り裂いてゆく。

「―――ゆ、」
「じゃあね、ゆき」

ばいばい、と。嬉しそうな顔で、言われてしまってはもう何も言えない。止めることも出来ない。伸ばし掛けた手をゆっくり引っ込め、混乱する頭の中を必死でまとめた。

「…っ…」

この野郎。何でお前があいつと。今まで無興味だった対象が一気に憎悪で広がる。どす黒い感情を持ったまま、睨み付けた。

「? ………………」

机のフックに掛けられていた鞄を肩に掛けて、腰を上げた時に何らかの違和感を感じたのか周りを調べた。そして気付いて此方へと、初めて視線が触れ合う。憎悪しかなかった俺とは裏腹に一瞬だけ驚いた後、何を思ったのか目を細めて。



ぶわっ、と。
一気に悪寒が走り、視線を外すと級友と目が合った。



「あれ、綾小路〜今日は一人?なら俺らと一緒に帰ろうぜ!」
「………………」
「なっ!」
「………………」

「……綾小路?」

顔色悪いぞ?と気に掛けてくれた級友の言葉を素通りし、震える声で静かに、本当に静かに呟きを漏らした。



「なんだ、あいつ」













「嬉しそうに…………わらってた」










ただ一度の過ちが招く

しあわせ






11/06/05  綾小路視点。