ぽちゃん、と黒い色で染まった水中に一滴。

たった一滴でいい。興味という雫を落とせば脳は勝手に暴走し、じわじわと範囲を拡げてゆく。その時に起こる痛い感触を彼も味わうことが出来たと思うと―――同じ気持ちを同調したように思えて凄く嬉しかった。

「―――――」

艶のある黒髪に五指を絡ませると、彼女は気持良さそうに目を閉じたのでチャンスとばかりに、そうっと髪から離れて親指で優しく触れると笑い顔を作った。

「睫毛、触るの好きだね」
「……うん、凄く好きだ」

長くて綺麗だからと感想を吐くと、さっと彼女の顔に赤みが差す。女の子は色々と良い所を褒めてあげると純粋に喜んでくれるのがとても可愛い。もっと愛でたい気持ちが起こる同時に、比較してしまう癖がここ最近付いてきた。その比較対象というのは、―――――。

「雪ちゃん」

睫毛を触るのを止め、身体を曲げながら力を入れると白いシーツの皺が沢山浮き出た。



「気持ち良いこと、もっとしてあげる」



*



「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日ね」

すっかり暗くなった外は、外灯の頼りなさげな光だけが辺りを照らし出していた。先程、時間を確認した所、8時だったような気がする。曖昧な記憶なのは、あまり門限を強いられていないせいだろう。とはいえ、高校生の身でこんな時間まで彷徨くと運悪ければ補導されるかもしれない。

「ご、ごめんね、こんな時間まで」
「んーん、僕が居たかっただけだから君は何も悪くないよ。……ね」
「う、うん……でも急にしちゃダメ!誰かに見られたら困る!」

家の門越しに、背を縮めて口付けると恥ずかしそうに口を覆って一歩下がった。流石に両親が居ないとはいえ、外でキスをするのは恥ずかしかったらしい。可愛い仕草に笑いながら手を振って帰路に就く。ドアの閉まる音を聞いて数秒も経っていない。

「あれ?」
「…………」

郵便ポストを開けて封筒やハガキを持つ姿を捉えて、足を止めた。そのまま近寄ると嫌そうにそっぽを向いてしまった。まだ門からは離れていないので、そのまま普段どおりの会話に入ってみた。

「そうか、幼馴染だから家も近いんだね」
「…………」

何も言わずに家の中に入ろうとする腕を掴んで引き止める。柔らかな布素材で私服を着ていることに気付いた。学園内でしか会わない為、制服以外を見るのは初めてで少し緊張が走る。

「ね、もしかして……見た?」
「離せ!!」

言った瞬間、掴んだ手を振り解こうとする態度で全て把握した。余り興味を示さない彼がこんなに過剰反応を起こすのはイエスと言っているようなものだ。そうでないなら、本気で存在を消してしまう。

「良いじゃない、折角会ったんだしもう少し」
「さっさと帰れよ!顔を見せんな!!」

もう少し話をしていたい、という思いを持っていたのは自分だけだと気付かされる。やはり興味が無いものは、自分の視野に入れようとしない。追い出す。

「何で〜?」
「ふざけんなよ……お前……」

納得が行かず、門を開けて敷地に入ると狼狽した。興味がないから追い出しているという考えは此処で一気に別のものと変わった。震えを押し留めて、決死の思いで手を剥ぎ取って急いで家に駆け込む彼の背中を力強く押した。バランスを崩して倒れ込み、出来た隙を付いて玄関へと乗り込み、後ろから鍵を掛けて密室を作り出す。

「う…うっ……」

受け身を取れずに玄関の床に身体を思い切り打ち付けたんだろう、痛みを訴える彼に近寄って謝罪の代わりに頭を撫でた。それからゆっくりと身体を仰向けにしてあげる。

「ごめん、痛かったかな」

目を瞑った彼の顔。すぐに目が行くのは。

「……睫毛、長いね」
「っ!?」

先程、彼女にしてあげたように髪を撫でるのを止めて睫毛を触ってみると凄く柔らかい。同時に顔を近付けた。暫く風邪気味でマスクを付けていただけに久々に剥き出しになっている口が色香を誘う。

「何するんだ!!」
「あ、……雪ちゃんとの間接キスあげよっかなって」

その言葉を境に、ドンと片手で胸元を押し遣られた。痛みなど構わずに上半身を起こして覆い被さっている僕から離れようと抜け出すのを見て、微かなデジャヴを感じた。

「前もそうやって逃げたね。手の腫れはすっかり引いた?」
「触るなっ!近寄るな!何なんだお前!……いい加減にしろよ!」

信じられないという目。前にもされたな、と何気なく思い出しながら抜け出そうとする彼を今度は逃さなかった。

「何で?雪ちゃんのこと好きでしょ」
「………!」

分かりやすい反応を見せる態度に満足した僕は、再び顔を近付けて笑みを零す。

「だから、綾小路に」










「雪ちゃんを間接的に感じさせてあげようと思って」










連続してゆく想いが重い





11/05/06  食い違う会話は恐怖を生み出すだけ。