恐怖も不安も葛藤もあった気がする。
良くない虫の知らせもあった気がする。
ピリピリと空気が異質なものを含んでいた気がする。

―――、気がする。


(俺は)

気のせいだと自身に思い込ませて、現実から目を背けていた。

大川という不快感の塊でしかない転校生が来た時からずっと関わりたくないという一点張りでいた。運悪く被害に合ってしまった綾小路は気の毒だと思った。…本音を言えば、誰もが自分でなくて良かったと思っただろう。友達だと認識していても所詮は自分が一番可愛い。それを実感した出来事。

綾小路が必死で潔白を訴えていた時も皆は綾小路の性格がどんなものか知っていた、けれど肯定する声は聞こえなかった。当然だ。とばっちりを受けたくなかったからだ。

そんな時。

「綾小路、いいものがあるんだけど?」
「……風間?」

変わり者で有名な風間が、窮地に追い込まれた綾小路に平然といつもどおりの態度で話しかけた。普段から突飛なことをしでかすので慣れたと思っていたが流石にこの時ばかりは驚いた。あの守銭奴で我が身が一番大事だと思っている奴がどうして綾小路に商談を持ちかけたのか気になって放課後、風間を人気の無い所に連れ出して問い詰めた。

「何か文句ある?」
「あるに決まってるだろう!お前、綾小路に何をするつもりなんだ!」
「何って……助けてあげるのさ」
「嘘だ!!何か魂胆があっ」

鼻に掛けるような言い方が癪に障り、襟首を掴んで凄むと軽く笑われた。殴らないと分からないのかと拳を作ると静かに、ゆっくりと冷たい目で射抜く。

「見捨てた酷い君に言われたくないね」

その一言の重さに押し潰され、気がつけば掴んでいた力を抜いている自分がいた。



(俺は、トモダチを―――見捨て た)



*



「水科!」
「おー…?」
「丁度良かった、これクラスに配れって先生が」
「ん、分かった……」

職員室で運悪く教師のお手伝いを頼まれたのだろう。別のクラスの生徒、もとい友人がふらふらバランスを取りながら重ねたプリント用紙を此方に持って来た。受け取り終えた後、友人と別れて一人になった所で少し溜息をついた。

「水科?お前、水科って言うのか?」

途端、名前を呼ばれて声のした方へ顔を向けると眼鏡を掛けてきっちり制服を着込んだ、いかにも優等生ですと主張が窺える。顔に見覚えがあったので記憶の中から名前を探し当ててみた。

「え、あ、日野…?」
「はは、風間から聞いたぞ。お前…見捨てたんだってな?」
「…………!?」

誰を、とは問わなかった。確証を得たくなかった。

「お陰で俺達に有利な素材に育ってくれて、感謝してるよ」

優等生らしい笑みを向けているのに言葉と態度が綺麗に合わず、何か仮面を被った得体の知れぬ恐怖がそこにあった。我慢出来ずに、一歩後退りするとそれを境に普通の態度に戻って、すっかり興味を無くしたのか怯える俺を見ずに小脇に抱えていた黒い本を正しながら何処かへと去っていく。

「………………」

その後、一人残された俺は壁に身体を預けてそのままへたり込んだ。
がくがく震える両手で顔を覆う。力一杯。










「っは…ごめ……ごめん、綾小路……っ……っ」










己の非力さを呪って





11/04/18  (闇に足を踏み入れてしまったトモダチを助けなかった俺を許して)