あ、と心の中で呟いた。

呟くという表現としては如何なものかと疑問をぶつけられそうではあるが、そういう表し方もあると言おう。……そもそも誰に向かって言うんだ。考えると色々な拡がりを起こす脳を一時停止させて、些細な違和感の元に視線を寄せた。

「おい、風間」
「んえ?」
「お前ぇ……ほら!さっさと出せよ!」

そうだ、トランプでお金を賭けている途中だった。次の出番を待つ水科に急かされたので、机に溜まった白の山にいらない手札を投げ捨てた。この完璧な僕がうっかりしていたなど何たる醜態。顔を顰めて唸りつつもゲームは非情にも続く。そんな最中。

あ、と二度目の心の中の呟き。

ばららっ、手にしていた手札を全て机の上に曝け出した僕の行動に周りを囲んでいた級友達が驚いた。手の内を明かしてしまえばゲームにならないことは知っている。だから。

「僕は負けでいいよ」

そう一言吐いて教室を後にする。背中越しから聞こえる色々な言葉より今さっき教室から出て行ったものが気になったけれど、出るのが遅かったせいか廊下には昼休みを満喫する生徒しかいなかった。が、行き先からして保健室じゃないことは分かっていた僕は慌てることなく軽い足取りで目的地へと向かうことにした。



*



「や」

屋上でたった一人、出入り口の壁に身体を預けて座る奴の目前で顔を覗き込んだ。普段なら此処で非難の言葉が飛ぶ。

「……風間」
「おいで」

ゆっくり顔を上げて僕を見たのをいいことに手を差し出す。逆光を受けて眩しそうに目を細めながらも、そっと音楽で鍛え上げられた細長い綺麗な手を出してくれた。異なる温度が手に触れた同時にぎゅっと握り込んで自分の方へ引き寄せた。

「ん」
「いい匂いは君にとって精神安定剤のようなものなんでしょ?」

確証はないけれど、と付け加えて膝の上に座らせる。悪魔騒動が終わってから、いつの間にかこうさせることに嫌悪感はなくなっていた。恐らく、向こうもそうだろう。素直に僕の胸元に身体を預けて匂いを欲する。

「うん……」

気持ち良さそうな声色に満足した僕は黙って鳶色に輝く髪を梳いてやった。何でも一人で抱え込む悪い癖を持つのは良くないとどんなに言っても聞かない頑固者だから、僕は。

「ありがとう」
「どういたしまして」










(変化を見付けるのがうまくなってしまった)






















全部知ってるわけじゃないけど

全然知らないわけじゃない