「―――間」
「うぐっ、げっ、うえっ…げほっ…げほっげほっ」
「風間」

駄目だ。もういい、なんて言うな。
憐れみの目をこっちに向けるな。

「次はっ…何を殺せばいいんだ…!」

散々吐いた胃液のせいで喉がピリピリ痛む。それよりも、存在を打ち切られる方が凄く嫌だった。泣きたくなる思いを押し留めて、へたり込んだまま催促を欲した。

「…………」

こつん、と足音が傍で止んだ。目を細めて上から見下ろす視線が背中越しに感じる。

「…いや」

今日はこれで十分だと冷静な声が耳に入り込んだ。額から流れた汗が顎に溜まり、ぽたりと地面に溶けていく。ああ、ようやく終わった。安堵の溜息をつく代わりに目を瞑った。

「…おつかれ」
「…うん…」

労いの言葉をかけてもらえるだけで、今までの気持ち悪さは何処かへ行った。

「でも本当に気持ち悪いなら、無理しなくても」
「いいんだ。僕が好きにやってるだけだ」
「他の人に頼めばいいだけのこ」

「綾小路!」

「…分かった。もう、何も言わないよ」


そう、

認めてもらえるだけで、
傍にいてもらえるだけで、
存在を許してくれるだけで、



―――それだけでいい。



酷くむせ返る血の水溜りの中、綺麗に映る彼は召喚のことで一杯なんだろうなと、思いながら。



*



現実と切り離され、異質に塗れた旧校舎へ入っていくと必ずギシギシ、木造で出来た床が悲鳴をあげる。老朽化している上、周りは薄汚れ、辛うじて校舎という形跡を保っているだけの場所へ何故訪れるのかと質問されたら、こう答えよう。

僕の罪があるから―――、と。

「綾小…」

目当ての教室へ着き、そっとドアを開けようと手掛けると室内で話し声が聞こえた。このような辺鄙な所へ来る者は物好きだけだ。全ての動作を停止させて磨り減って閉め切れなくなったであろうドアの隙間から覗くと知らない男子生徒の後姿と綾小路が映る。

腐朽した椅子に座っている綾小路のワイシャツへ伸びる男子生徒の手。
それだけで全てを理解した。

「!?」

振り向く暇も与えず、握り締めた手で後頭部を殴る。
脳を酷く揺さぶられ、床に倒れ込んだのと同時に起き上がらないよう顔や喉を目掛けて力一杯踏みつけた。何度も、何度も。埃や木の破片が飛び舞うのも気にせずに、何度も何度も何度も何度も何度もなんども。






―――そうして暫くして、ごほんごほん、咳を零す綾小路の声で我に返る。

「風間」
「はあ、はあ、はあっ」
「そいつ、もう死んでるよ」
「はあっ……」

額から湧き出る汗が頬を伝う。
足元には顔が潰れ、とうとう知ることが出来なくなった男子生徒が一人。別に、構わなかった。途切れる息を綺麗に整えて綾小路の方へと振り返る。

「僕が全部持ってきてあげるからやめてくれ」
「何を?」
「こういうことだよ!君は何もしなくていい、そこに座ってるだけでいいんだ!!」

無理にでも生贄を作ることはない。身体を触れさせる必要なんてない。そう忠告して綾小路の目前で膝を折って縋るように腰へ両手を交差させた。

「よしよし、よし」
「―――――……」

嫌な顔一つせず、にこり、笑顔を此方に向けて頭を撫でてくれた。全てのことがどうでもよくなるくらい色々な感情が吹っ飛んだ。ああ、やっぱり僕は。

「すきなんだよ」

「きみのことが、ほんとうに……ほんとうに」
「ああ」





「―――知ってる」





頭を撫でながらも、視線の先に映るのは真っ赤な色だけだと僕はいやでも知っている。










そう言ってきみは

僕の心を崩すのさ






10/08/30  風間を翻弄させる悪クラ綾小路。