図書室で本を読むのが日常茶飯事になっていた最中。
何故か付いてきて向かいに座る風間に見つめられた。気に障ることをしただろうか、脳に刻まれた記憶を辿ってみるが心当たりが全くといっていいほどない。首を傾げて疑問を表すと不満げな顔を浮かべながらも、ぽつりぽつりと話し出す。
「綾小路は凄く酷い奴だ」
「は…え?」
いきなりの暴言に、反論する前に呆然とした。憤慨する前に綾小路は訳を尋ねようと、読みかけのハードカバーに付いてある平織りのヒモをかけると麻痺した筈の紙の匂いが再び鼻を刺激する。
「僕のこと見てない」 「主語を前提に喋ってくれ」
意味が通じない、と手を掲げる綾小路に向かって風間は眉を顰めた。言うのも嫌といった雰囲気が目に見え、咄嗟に不味いことを言ったかと綾小路はマスクごと口を押さえた。面倒事はなるべく避けたいという意味を込めて。
「君は僕の匂いが好きなだけで、僕のことは何とも思ってないだろ」
「………………」 「ほら、その無言が何よりの証拠」
益々、不機嫌を露にする風間も珍しく思えて逆に見つめ返した。弁解するわけでもなく純粋に思ったことを口にした後、綾小路は自分の無知さに気付く。
「あ、いや、ちゃんと人を見て物言うことに衝撃受けたというか」 「そりゃそうでしょ。だって、」
「君は僕を知ろうともしないんだからさ」
*
『君は僕を知ろうともしないんだからさ』
ヘビースモーカーで有名な松本先生の匂いが気になる授業中、耳に入り込む話の内容よりも先日に言われた言葉が頭にこびり付いて離れない為、綾小路は初めて(なのかもしれない)考察という手段を持ち出す。
(知ろうともしない、か)
あの時に、真っ直ぐ捉えられた眼の中は酷く罵っていたようにもみえた。ちらりと風間のいる席を窺うと机に突っ伏している背中が目立つ。唯でさえ高身長で、いやというほど視線を集めているだろうに大胆不敵な奴だ。そこまで考えて、少々頭の中で整理した。
(いや、これは俺の勝手な思い込みだな)
実際は軽薄そうに見えてなかなか思慮深い性格だった。とんとん、と自分の額を親指で突いて考えを切り替える。人を見かけで判断してはいけないと思い知らされた。確かに相手の内側をある程度知るのが一番得策とも言えるだろう。しかし、必要以上に人付き合いを望まないなら全く意味を成さないのではないか。
(そうだ……何で、知らなくちゃいけないんだ?)
―――これが綾小路の自論だった。
思考から抜け出すと案の定、松本先生に見つかって教科書で頭を殴られて起きた。また俺の授業で寝るとはいい度胸だな、という言葉を拾って綾小路は一言呟く。
「ああ、俺は本当に何も知らなかったんだな」
思い知らされるのは
自分の無知と貴方の罪
10/08/03 無意識や無自覚は残酷だと思う。何も考えてないからね。
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