(しろい)

息苦しさで目を開けた途端、頭に出た言葉を反芻する。正方形で敷き詰められた白いタイルに、太陽の光に当って白く輝く蛍光灯。徐々に視野が拡がり、風に乗って揺ら揺らと動きを繰り返す白いカーテン。

仕切られた空間。白いシーツの感触。マットレスの弾力。所々剥げたパイプ。投げ出された自身の足が見え隠れした。

その横に。

「…………!?」

仕切られたカーテンの境界線の外側で誰かが僕を見つめていたことに気付く。室内にある椅子を引きずって、座って、ずっと眠っていた僕を観察していたのだろうか。そんな疑心が膨れ上がるのには理由があった。

「あやの、こうじ」

カーテンの外側を照らす光が黒く、全てを塗りつぶしていた。
それでも判断が付いたのは紛れもなく口を覆い隠した真っ白いマスクのお陰だ。彼と面と向かって会うのはいつ振りだろうか。…そう、悪魔召喚に失敗した後から罪悪感と気まずさで自然に避けていた。

「なんで、君が…?」
「お前、ぶっ倒れたんだよ。貧血」
「あ…」

そういえば、そんな気もする。意識が途切れた所など、記憶は書き留めてくれないので曖昧に返答した。額から湧き出る汗を手の甲で拭うと、静かに次の話題を繰り出した。

「そんなに怖がるなよ」
「え、ッ」

心の中を読み取ったのかと過剰反応を表した。失敗した。身構えつつ、次の出方を見ると静かに此方を見上げた、ような気がする。影に溶け込んで区別が付かない。ただ、言葉だけが耳にするりと入り込む。

「僕はお前と、―――仲良くしたいだけだ」



「風間」



目を細めてマスク越しに微笑んだのだけは、影に邪魔されずに感じ取った。



***



彼と別れた後、現実味のない感覚でふらふらと用を足す為にトイレに入った。ふと、洗面台の鏡に映った自分を目に入れた。何てことない動作。

「…!」

咄嗟の反射で手で口を隠し、出かかった悲鳴を押し殺せたことを純粋に褒めたかった。もう一度確認するべく鏡に張り付く。視線を下へ落とすと見える、首筋に残る、僕じゃない誰かの両手、跡、痕跡。

跡が残るまで首を絞められていた証拠を再確認し、一気に寒気が身を包む。彼は誰もいない保健室の中で僕の首に手を回して、ゆっくり絞めた後、静かに起きるまで黙ってじっとして―――。


それから―――優しく、本当に優しく―――微笑んで。


(しろい)



白い狂気。



「う…」

手が震える。
足が震える。

全身震える。



「うげえええええっ、げっ、う、あっ!あ、ぁっ…!」





急激に迫り上がる恐怖感に耐えられず散々、洗面器に向かって嘔吐した。










優しくて、

でもどこか軋むような






10/06/18  真面目に綾小路が風間を振り回す方面、見たことないなと思って。