※かぐわしきにおひ後日。




















誰もみない。誰もこない。誰もいない。
一人。独り。



―――ひとり。






「よう」
「―――」

蹲っていると後ろから誰かに呼ばれた。振り向こうと首を回した途端、水が零れ落ちたことに気付く。それは本人の意思に関係なく目から幾度も溢れ出、老朽化した床に一滴一滴と染みを作り出す。

「まず、此処にいる理由を聞いてもいいか?」
「…………」
「いつも此処にいるよな」

電気の通っていない窓から漏れる青空の光を受けるのは手だけ。すらりと細長い指、人差し指を下に向けているのが目に映る。それ以外は出入り口の外の影で覆われ、輪郭を留めていない。その不明瞭な正体を暴こうとは思わず、警戒も張らず、問いに答える。

―――ゆっくりと。

「居場所が、」

「ない」
「そうか」

同意の声を聞いて目の中が熱くなる。
ぎゅっと瞼を閉じると溜まった水が許容の範囲を超え、頬を伝う。

「何処にも」
「そうか」
「僕の居るべき場所が、―――」

「それは辛いな」
「……どうして、僕が。俺が」



「こんな目に合わなきゃ―――いけないんだ」



再び殻に閉じ篭ろうと自身を抱きしめると何かを壁に当てる音が聞こえ、反射的に目を開けた。涙で滲む世界の中に黒を帯びた本が一つ。見覚えのありすぎる、嫌な物体が出入り口から覗く手の内にある。

「借りてきたんだ」

少しずつ光を受け、足が見えた。影が消えていく。

「目には目を、歯には歯を、って言うだろ?」

老朽化した床が軋む。

「なあ、綾小路」

完全に現れたその姿は。



「日―――」





独りの中で生まれるのは、絶望?狂気?
それとも、





―――希望?











強さと引き換えに失う何か





10/06/13  悪クラを立ち上げた経緯が不明なので考えた可能性の一つ。