そしてすべてが愛に満ちて



朝。

綾小路よりも早く起きた僕はコーヒーを二つ作って再度、寝室へ向かう。
予めドアを半開きにしておいたので足で器用に開けると、上半身を起こして目を擦る綾小路がいた。匂いに釣られて起きたのだろう、完全に覚醒していないのが分かる。

「ほら」

マグカップを差し出すと、半意識のまま両手で受け取った。

「砂糖二つ入れといた。あと、温めにしたから、ふーふーしなくてもいいよ」
「ん」

素直に頷き、そのまま口付けるのを確認した僕もベッドに腰掛けて熱々のコーヒーを胃の中へ注ぎ込む。ほのかに苦味の効いたカフェインが気分をすっきりさせてくれた。

「休日にモーニングコーヒーなんて、僕がいなかったら出来なかっただろうねえ」

全部飲み終えて空になったマグカップをこちらへ寄越さず、うたた寝に入ろうとする綾小路が危なっかしくて取っ手を握る指を一つずつ引き剥がしにかかった。普段は寝起きがいいくせに、僕がいる時だけこうなるのは心を許している証拠だろうかと自惚れてみる。五日間ほぼ働きづめだった上に昨日のこともある、まだ疲れが取れていないのかもしれない。

「眠いなら入って」
「…お前も」
「はいはい」

ベッドの横にある棚の上にマグカップを置いて、きちんとシーツを掛け直そうと腕を伸ばすと細長い指が僕の行動を制する。仕方なく一緒に寝に入ると暖を求める猫の如く胸元に顔を埋めて、くすぐったさを覚えた。

「幾つになっても君は甘ったれだな」
「今日はこのままで過ごしたい」
「一日中ベッドの中?堕落してるねえ」
「お前はいつだって堕落してるだろ。少しは俺に付き合え」

笑いながら適当に肯定すると胸をべしんと叩かれた。真面目に答えたって恥ずかしいだけでしょうに。機嫌を直してもらう為に軽く額に口付けた。

「昔の夢を見た」
「奇遇だね。僕も見たよ、泣きながら滅茶苦茶な命令する君」
「…………」

過去の過ちは何をしたって消せないものなのにね。相変わらず、この話が最も触れたくないようで話題にすると直ぐに黙る。

「…ほんっとそれ持ち出すよな。今日はいやに長いぞ……タチ悪い」
「今の君がやったら、それはそれで面白そうだ。あっはっは」

想像を馳せながら綾小路の髪で遊ぶと、ついに不貞腐れて返事もしなくなった。二度寝に入ったのかと目線を落とすと黒にしては少し薄い瞳とぶつかる。

「……言っておくけど」
「ん?」
「物覚えの悪いお前が珍しく覚えてるってことだからな、それ」
「…ん?」

綾小路の言っていることの意味が汲み取れず、脳は疑問という命を弾き出す。というか、その前に物覚えが悪いとか失礼な言い方が気に喰わない。

「ちょっと待った。物覚えが悪いんじゃなくて、覚える必要がないから覚えてないだけだい」
「じゃあ何で、やたらと話題にする俺の命令は覚えてるんだ?」
「…………ん?」

はっきり言って、と僕の思考を打ち消して一言漏らした。

「お前が、口に出す度に愛されてるなあって思うよ」





「…………………んん?!」










10/01/08  おかしい29風綾は淡々が理想だった筈wアパ流行より前の話ってことで!