「綾小路行人さんですね」
「けほん」

首にかけていた聴診器を耳に入れて回転椅子を正面へ向き直した瞬間、医師は目を細めた。隣で看護士が名前を読み上げた同時に頷きながら入って来た真っ黒な人物。



「―――ぃ、先生?」



「ああ」

動かないのを変に思った看護士が声を掛けてきたので、大丈夫だと片手を上げた。
このままでは不審に思われるので、話を幾つか振っておこうと決意した医師は笑顔を振り撒く。

「まさか此処へやって来るなんて思わなかったよ。久し振りだな」
「病気をしたなら、友人の居る所が最適だと思って。こちらこそ久し振り」
「あら、先生のお知り合いですか?」

同級生だと打ち明けると自分のことのように楽しげに話し掛けてきたが、今は勤務中なので勿論、許すはずがない。黒布で結ばれた口から定期的に咳の音がするところからして風邪だろうと医師は症状を頭の中で描いた。

「診察が終わったら直ぐに鳴神学園へ向かうのか?」
「ああ、そのつもりだ」
「じゃあ、とりあえず咳止めも兼ねて注射を打っておこうか」

注射の用意をしておくよう看護士に言うと、雑談を切り上げてさっさと隣の仕切りへ移動する。その間に済ませておこう、と微笑んで喉の具合を見た。次に聴診器を手に取るとスーツを脱いで、黒ワイシャツの釦を一つ二つ外していった。

「白いな。ワイシャツが黒いと際立つぞ」
「そうか」

笑って適度に流されたので、医師も適度に対応を続ける。
心臓に近い部分を幾つか当てていくと、黒布を外した口が少し開く。

「夜」
「用意しておく」

穏やかだった雰囲気が、ぐるんと反転するこの感覚は嫌いでは―――ない。
そう思うのも束の間。



「準備が整いました、日野先生」



注射器を載せたトレーを持って来た看護士によって、規律が元に戻った。






朝がくるようにそれは

自然なこと