かつーん、かつーん。


月光だけを頼りに誰も居ぬリノリウムの床を歩くと音が周りを反響させる。

その音が妙に心地良く、目を閉じて耳に集中した。毎夜訪れているだけあって目的地まで壁伝いで大体、把握出来る。つっと無機質な壁の感触を細長い指で確認しながら歩くと、途中で仕切り板に当った。


ああ、此処だ―――と、目を開けた。


「入っていいぞ」

言われるままに扉を開けるとカルテをチェックする医師が一人。レントゲン写真を映す光によって眼鏡が反射し、瞳の奥底に隠れた表情が読み取れずにいる。

「…相変わらずノックしなくても分かるんだな」
「気配を殺してないからな」
「殺さないといけないほど此処は危険なのか?」

「はは」

「逆、と言いたいんだろう」
「此処は医師の手で生死が決まる場所だからな」
「それで」

仕事の内容に興味が無かった為、雑談を切り上げて本題に入ろうとするとカルテに視線を落としていた医師の指が動いた。

「持ち運びやすいようにバラしておいた。ベッドの上だ」

指された方向へ視線を向けると、ベッドの上に置かれたクーラーボックスが存在を主張していた。黙って手に取ると、ほくそ笑みを浮かべる医師とようやく目が合う。

「綾小路先生、―――礼は?」
「いつも感謝してるよ、日野先生」

にこり、と互いに冷たい笑みを贈った。






(ぼくらには)

正しさですら不要に見えた