「なあ、いつも思うけどよ」
「何だ」
「匂いに敏感なくせして、よく此処で、んなこと出来んな」

「ああ……此処は酷いよ、獣臭い匂いで沢山だ」



―――夜も更けた宿直室。

ジジ、と昔懐かしい裸電球のフィラメントの焼ける音が小さく聞こえた。
そろそろ寿命に近付いているのかもしれないと他人事のように思いながら目の前で行われる行為を黙って見届ける。薄暗い光の中、ジャージというラフな格好で胡坐を掻く俺の上に跨って、実に窮屈そうな黒で包んだスーツを脱いでいく。

出てくるのは黒。ネクタイも黒に染まって一体化しているように見える。しかし、それを解くと色を付けていたことが判明する。ぷちん、ぷちん――ベストの釦を一つずつ外しても見えてくるのは変わらぬ黒。

「黒、黒、黒…っとに黒ばかりだな。どうして、そんなに身を黒で覆い隠す?」
「汚れないように」
「ハッ!清楚な振りか?…とんだ偽善者だなァ」
「俺を『  』の代わりにしているお前に言われたくない」
「ふん、そっくりそのまま返すぜ」

「……『  』に似てきたなぁ」
「気持ち悪いこと言うな、萎えるだろうが」

独特な黒いワイシャツの中から覗く白い肌とのコントラストがとても際立つ。
まるで『  』のようだと頭の中で映像になりかけた物を直ぐに掻き消して、肌に手を滑らせるとぶるりと小さく震えた。男のくせに滑らかで、よく吸い付く。いつまでも触っていたい欲求が湧いてくる、そんな最中、思い出したかのように別のことを話し出す奴によって雰囲気を壊された。

「『  』は今、何処に居るんだろうな」
「さあな、どうせその辺でもブラついてんだろ。さっさと捕まえて閉じ込めておかねぇと誰かに飼われちまうかもなあ」
「…………お前もさっさと、指輪でも何でも送って『  』を束縛しろよ」
「るせーよ、男にゃ色々準備あんだよ準備が」

準備。はっきり言うと物事を行う前に、予め必要なものを揃えたり態勢を整えたりして用意をすること。頭の中で準備――準備なあ――反芻し、一つの疑問が降って湧いた。

「俺達は、いつからこうなった」
「さあ……いつからだろう?」

どうでもよさげに、俺の顎鬚を弄ったり引っ張ったり繰り返す五指はすらっと細長く、さすが音楽を教えているだけのことはある。

「でもきっと…」
「うん?」


「俺達が欲した時から、―――始まってたのかもしれない」
「は!ははは!」


一頻り笑って、おれたちはいつものように呼吸を塞いだ。
その前に。



「―――違いねェ」

















ジジ。















エロスもアガペーも

要らない、

キューピドもカリタスも

知らない、



欲しいのは






10/01/27  欲しいのは――『岩下』と『風間』だけ(新綾と見せかけて岩←新綾→風)