優しさという名の甘えは

あなたを愚かにさせるだけ



たまたま、だった。

休日の朝、起きてカーテンを開けると雲ひとつもなく澄み渡った青空が目一杯広がっていた。その風景に惹かれた綾小路はベッドからシーツを全部剥がし、ベランダの柵に皺一つなく伸ばして干すと満足げに頷く。

後は、そのまま私服に着替えて外の空気を吸おうと外出を決めた。

―――そう、ほんのたまたまだったんだ。



*



「兄さん!」

公園で木々に囲まれた緑と清々しい空気を吸いながらゆっくり歩いていると、話し声が聞こえたので音のした方へ視線をやると何時ぞや鳴神学園にやって来た警察関係の者だと記憶の中から抜き出した。

「ああ、純也か。どうした?また何かあったのか」

スーツをきっちり着込んでいる方とは打って変わって、兄と呼ばれた方は乱れたワイシャツにネクタイを掛けているだけの格好で不釣合いな二人に少々驚いた。

「兄さん、いつも会ったらその一言だよね。折角の休日にそれはないよ」
「悪い悪い。でも休日の割にはスーツ着込んでるじゃないか」

少し口を尖らせて不満を言う彼に兄は軽く微笑み、短く刈り込まれた髪を大きな手でさらさら撫でる。傍から見れば仲の良すぎる兄弟といった所なんだろうか。

「まあ、賀茂泉警部補が相手じゃ…」
「ん?」
「あ、こっちの話だから気にしないで。それにしても偶然だね、公園にいるってことはフィールドワーク?」
「ああ、本当なら間宮君もいたんだがな。突っ走って行ったお陰で迷子探しさ」
「あはは、相変わらず振り回されてるね兄さん」

一言二言交わしながら、頭を撫でる兄を鬱陶しがらずに受け入れる様を見て何故だか羨ましく感じてしまう自分はまだまだ子供だ。気分を切り替えるよう頭を振って、挨拶も施さず昼食の材料を買いにその場を去った。



*



買い出しから帰ってビニール袋を一まとめにして、鍵を差し込むと何故かガチャリと閉まる。思いつくのはたった一つ、誰かが家に上がりこんできたということ。少々、溜息をつきながら鍵をもう一度回し直して玄関へ移動した。同時にベランダを閉める音が入って、疑問に思いつつ靴を脱ぎ揃えてスリッパに履き替えた。

「あー何、ただいまの一言もなし?ビックリするだろ君、親の元で一体何を学んでき」
「何してるんだ?」
「何って、見て分からないのか?」

一旦、キッチンにビニール袋を置いて寝室を開けると、目に飛び込んだのは柄の悪いシャツを誇張しながらシーツを取り込んで綺麗に皺伸ばししているシュールな光景だった。恐らく自分以外の者が見たら、暫くは夢に見てうなされるのがオチだろう。

「…目的は昼食か」
「はっはっはっ、何を言うかと思えば。僕をあんまり見くびらないで欲しいね」
「目的がある時以外、此処に来ないくせに」

恩を売ろうとしているのが見え見えだ、と綺麗にしてくれたベッドを指差すと笑い声が更に増えた。図星を隠すためにわざとやっているのなら、無意味な行為だ。

「まあ、いいや。元々呼ぶ気だったしな」
「へえ、何?何〜そんなに僕に会いたかったの?」

からかうように手を口に置いて嫌な笑顔を浮かべるのを見ると、高校時代から変わっていない態度に何故か安堵する。

「風間」
「うん……何?頭ぐりぐりしないで欲しいんだけど。ちょっと、どうしたのさ?うざいよ君」

風間に近付いて何も言わずに抱きつくと、呆れた声色が飛んだ。高校時代の時は問答無用で抱きつくと直ぐにぎゃーぎゃー喚いて離れようとしていた。そう思うと、此処だけは時代の流れを感じる。

「ちょっと、頭、撫でてくれ」
「ホームシックにでもかかってるの君?」
「いや」

少し考えて、ちらりと上目遣いに風間を見る。





「…………風間シック?」





10/01/11  個人的に兄弟はおしどり夫婦。風綾は年中夫婦^^^^